破壊された関係をめぐる無理への認識

     個人経営型の法律事務所が、当たり前のように新人弁護士の受け皿になり得ていた時代には、それなりに分かり易く、無理のない両者の関係が存在していました。経営弁護士が新人弁護士に期待したのは、自分が獲得した仕事を忠実にこなす労働力であり、新人はあくまで給料を与える労働者でしたが、そこには基本的に二つの認識があったようにみえました。

     一つは新人が新しい仕事を獲得するのは所詮期待できないし、それは無理という認識。そして、もう一つは、修養期間を経ない新人を一人前の弁護士のように、いきなり依頼者市民に当たらせるのは危険であるという認識です。彼らの立場は、ボス弁にこき使われる苦しい時代という表現もされますが、新人はかつて、この中で仕事を覚え、新規獲得の方法も学び、そして早ければ3年~5年で、あるいは多少の、のれん分けにあずかって、退所・独立という道に進めた。

     ボス弁からすれば、新人を抱えることは、もちろん大幅な売り上げアップを期待するものではなく、また、期待する必要もない経済環境もあり、独立で送り出せば、単純に代わりの労働力としての新人を入れればいい。これを今、弁護士界内から聞こえてくるような、新人の「使い捨て」のようにいう人は、当の本人も含めて、当時、いるわけもありません。

     それはあくまでこのシステムとそれを支えた環境には、無理がなかった、あるいは少なかったからにほかなりません。要は、新人はイソ弁としての修養期間を経て、無理なく、独立への道を思い描き、歩みを進められ、ボス弁は無理なく、後進を育てることができた。そして、同時にそれは、社会放出される弁護士についての、利用者にとっての安全という意味でも、一定限度貢献するものとなっていたようにみえました。

     それだけに「改革」の増員政策の結果として、事務所に机だけをかりる「軒(ノキ)弁」や、いきなり独立する「即独」が登場したとき、非常に気になったのも、これに対する既存弁護士の無理への認識でした。いうまでもなく、長年業界で繰り返されてきたこのスタイルを認識し、自らもそのなかで一人前になった彼らこそ、その無理とその負の影響を一番分かっていておかしくないと思えたからです。

     ノキ弁は経営者がらすれば雇用のハードルを下げることにつながり、新人としてはわずかに仕事のおこぼれにあずかったり、とりあえず名刺を持てるというメリットもいわれます。ただ、それは独立への修養が確保されたかつての状況とは比べものになりませんし、さらには修養を経ない新人に自らの事務所の信用をくっつける名刺を与えて果たして依頼者市民は有り難いのか、という視点が欠落している点でも、隔世の感があります。

     もっとも、ノキ弁に向って「お前、思ったより全然稼げないじゃないか」という愚痴を公然とぶつける親弁がいるという話まで伝えられていますから、もはや新人への目線は根本的に変わりつつある、ということもいえるかもしれません。それも一番の問題は、かつてと今とでは、どちらが依頼者市民には有り難い話なのか、ということになります。

     いまでも弁護士会内から、増員政策への批判的立場で出されるアピールでは必ず負の影響として、OJTの喪失が指摘されるように、雇用する個人事務所の弁護士を直撃した経済的環境の激変よって、まさに業界で長年当たり前になってきた関係は崩れはじめました。即独やノキ弁が登場する時代のOJTの確保については、会内の「改革」推進派のなかにも、それなりの危機感があり、支援の動きも出てきましたが、ただ、常に気になったのは、冒頭の「無理」に対する認識です。「改革」の現実の前に、彼らはそれをどこまでこだわるべき「無理」と考えたのか、そして、それを責任としてとらえたのか――ということです。

     「改革」批判者のなかには、その無責任さを直接批判する人たちもいましたが、「改革」推進者と多くの沈黙するその支持者は、不思議なくらい「ご時世」というように、仕方がない現実として、あるいは「改革」を推進・支持する側にありながら、どうすることもできない現実として受けとめたように見えました。少なくとも、彼らはこの現実をもって、あるいは自分たちが百も承知の「無理」の認識をもって、「改革」の結果を批判するわけではなかったし、有効な解決の見通しを持っていたわけでもなかった。

     弁護士の就職状況は既に回復傾向にあるようにいう見方もありますが、「市民のための『改革』」とは矛盾するような町弁の衰退(「『町弁』衰退がいわれる『改革』の正体」)に沈黙し、企業内弁護士の将来性に注目して、会員にもっと弁護士の魅力や将来性の発信を求める「改革」推進派の、現在の姿勢も、この「無理」について(社会が思い描き、志望者が期待するような独立開業型の資格の今の姿を含め)、果たしてそれを良心的に伝えるものなのか、という根本的な疑問を持ちます。

     この間の「改革」による弁護士の経済的異変に着目した経済誌などは、決まって弁護士界内に既に階層が存在するように色分けし、大手事務所、新興事務所、中小の町弁と、それぞれに働く新人弁護士の姿をイラストで伝えたりしています。ビシッとスーツを決めた大手事務所の弁護士と、町弁、ノキ弁、即独弁護士の少々くたびれた姿には、極端・誇張しすぎという声も業界内からは聞こえてはきますが、それでも現実を社会に伝えようとする姿勢から考えれば、弁護士会推進派や主導層よりも、よほど良心的ではないか、という気さえしてくるのです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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