専門資格業「岩盤規制」改革の失敗体験

     加計学園問題で注目される形になった獣医学部新設、獣医師養成というテーマに、弁護士増員政策、法科大学院制度創設といった司法改革が被せられて語られ始めています。正確にいえば、被せられているのは、それらの「改革」の失敗体験です(「郷原信郎が斬る 獣医学部新設は本当に必要なのか~『法科大学院の失敗』を繰り返すな」) 。

     両者は一見して共通する課題を抱えています。例えば、需給見通し、教員確保、あるいは地域に根差す専門家の養成。司法の方の失敗体験でいえば、このどれもが不完全で、根拠が疑われるままに、言ってみれば初めから危いまま、先に進んでしまいました。年間3000人の合格者を出すことを目指す大量増員政策を支える確たる需要見通しがないままに、それを支える法曹量産体制の教育機関が目指されたこと。研究者教員主導の教育体制で、実務家を養成する困難性。そして、地域の教育機関で輩出された専門資格者を地域に根付かせる、逆にそのことを地域にその機関が存在する意義につなげようとする発想の無理――。

     ただ、これらもさることながら、両者をつなげてみて、ある意味最も重要なキーワードは、「岩盤規制」ではないか、と思えます。安倍首相が国会で、一連の疑惑に対して、正当化の拠り所にするように連呼した「岩盤規制」に風穴を開けるという発想。弁護士激増政策が生み出され、それを強力に後押しした背景には、この発想があったといえます。「不当に」数の少ない状態を維持されていたとされた弁護士には、散々「既得権益」という言葉が被せられました。規制緩和の流れのなかで、まさに「岩盤」としてターゲットになり、風穴を開けることが正当化されていったのです。

     しかし、これこそが司法改革の失敗体験として銘記すべきところです。専門資格者の養成が、規制緩和の正当化に引きずられ、安易な需給見通しのもとに進められれば、どうなるのか――。結局、増員資格者が経済的に支え切れないだけでなく、一定の質を担保・保証する専門資格業そのものが信用を失い、結果的に崩壊していく、ということです。

     大量生産し、あとは淘汰に任せる、という発想は、潜在的に存在するはずのニーズが顕在化しないことが分かると、より強調されることになりました。しかし、そうなると、一定の質を保証し、利用者を安心させるはずの資格の信用度は当然下がり、かつ、いつまで続くか分からない淘汰の過程の「犠牲者」をどう考えるのか、という問題を浮き彫りにしました。結局は、大量生産の先、質の保証は自由競争に丸投げ、その間の被害は利用者の自己責任に丸投げという形です。

     これが、こと専門資格業のあり方として望ましく、そもそも利用者が望む形なのか、ということが問われなければいけなかった。しかし、それが問われないまま、弁護士「岩盤規制」撤廃として突き進んだのが司法改革です。国民が問題にすべき弁護士の「既得権益」が存在し、それが撤廃されることで、その利が国民に還元されるという「改革」のシナリオ。少なくとも「改革」は国民にその正しさを実感させることはできませんでした。あえていえば、弁護士に経済的に恵まれた環境があり、それを「岩盤」と位置づけて破壊しても、利用者に有り難い環境がもたらされたわけではない、むしろ後退しているところが、見逃せない問題なのです。 

     司法改革で、ある意味致命的だったのは、当の弁護士会主導層が、これを自己批判的に受け入れ、推進したことです。「既得権益」という言葉を彼ら自ら使っていた記憶がありませんが、「数が足りない」ということを強調し、「これまであぐらをかいてきた」くらいの認識は口にしていました。会内の増員反対・慎重論をまず、説得しなければならない「岩盤」と認識していたのではないか、と思えるところもあります。

     専門資格業として、試験、修習、法律事務所での修養過程を含めて、自らの数が、「既得権益」以上に、何を保証し、何を意味してきたのか、という点にこだわることなく、早々に「既得権益」を認めて、増員政策の旗を自ら振る側に回ったと取られたとしても、仕方がないとも言えます。弁護士会外の「改革」推進派が、当時、「弁護士会は大人になった」と皮肉ともとれるほめ言葉を言っていたのを思い出します。

     法科大学院の失敗は、事前の参入規制が行われず、この指とまれ的に74校の乱立を許したことが原因、という見方が、つとに国サイドから聞かれ、いまもそれを唱えている人がいますが、やはり問題の本質はそこではない、と思えるのです。

     「獣医師が少しうらやましい」。こう語る弁護士がいました。加計学園問題を通じて、養成の在り方が注目されたことと、司法改革の失敗があったことで、ただ、数を増やせばよしとはならず、資格業としての質という問題がクローズアップされ、自分たちの世界のようにはならないで済むかもしれないから、と。しかし、今回の問題は、司法改革とその失敗が、何だったのかを、もう一度、問い直す契機にもできそうです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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