弁護士「資格」必須度というテーマ

     今回の司法改革で生み出された法科大学院を中核とした新法曹養成制度の発想について、かつて法知識の集中型モデルであると指摘した学者がいました。それは、専門家以外に法知識が分布せず、素人とプロの壁がはっきりしている世界であり、企業にも、中央官庁にも法知識を兼ね備えた優秀な人材がいる、これまでの日本の拡散型モデルとは、基本的に異なるものを目指したのだ、という見方です(「『事後救済型社会』と法科大学院の選択」)。

     この論を敷衍して、新法曹養成と結び付いた弁護士増員政策をひっくるめてこの「改革」の発想を改めて見ると、それは法曹資格、(少なくとも当初は)とりわけ資格者としての弁護士に、法的ニーズの受け皿としての役割を集中させるものであったようにとれます。有り体にいえば、法的な問題のあるところ、何でも弁護士が乗り出す世界、それが望ましい世界であるという描き方です。法科大学院という新プロセスを通過し、法知識を集中化させたプロたちに、資格者として役割も集中させる、という発想だったといえます。

     「改革」のバイブルとされた司法制度改革審議会の最終意見書が、いわゆる弁護士の隣接士業の活用を挙げながらも、弁護士増員達成後に仕切り直すというニュアンスで、その恒久化にクギをさすような微妙な表現をとったこと、そもそもこの国の法的ニーズの受け皿を弁護士を含めた法律系士業総体でとらえず、膨大な弁護士増員に突き進んだことをみても、既定方針化したその集中化の発想を読み取ることができます(「司法書士にとっての弁護士激増」)。

     なぜ、そうでなければならなかったのか――。必ずしも唯一の選択肢ではなったはずのこのことについて、「改革」論議の当初から、不思議なくらい突っ込んだ議論がされてこなかった現実があります。前記司法審意見書は、事後救済社会の到来と法曹の役割増大を、疑いようもないかのごとく大前提にしています。そのことが「改革」の根本的な発想に影響したととれる面はあります。

     それと同時に、弁護士自身がこの「改革」に主体的に関与したという事実も影響しているようにとれます。弁護士万能論のごとく、弁護士に役割が集中する未来を、望ましく、魅力的に感じた「改革」主導派の方々がいたということです。そして、その彼らの意識こそが、そうした世界が本当に実現するのかという、可能性への詳密な分析を飛び越えて、根拠なき膨大な増員政策を受け入れ、そして失敗につながった一因ともとれるのです。

     「弁護士がやらなくてもいいのではないか」。いまでこそ、こうした類の言葉が会内からもよく聞こえてきます。訴訟代理権、法知識、法令解釈能力が、この「資格」によって担保されるということが、役割集中化の基本的な根拠になるはずですが、企業などの組織が求める人材をはじめ、弁護士の活用先として挙げられている場面で、どこまでが必須条件なのか。少なくとも国家にも、個人にも投資を求める大規模な強制プロセスを経て得られる「資格」で担保されなければどうにもならないのか、果たして他に選択の余地がないことなのか、という疑問が生まれているのです。

     「図書館にも弁護士を」という話あたりから、首を傾げはじめた業界関係者も少なくないようにみえます。「法曹有資格者」という言葉の登場(「『法曹有資格者』への変化」)で、「改革」の射程があいまいになると同時に、弁護士という「資格」の必須度があいまいになり、見方によっては弁護士増員政策の梯子は、この時点で既に外されたととっても不思議ではありません。

     ここでさらに気になるのは、この時点での弁護士生き残り策との関係です。増えてしまった弁護士が、生き残りをかけてさまざまな工夫をする。そのことをメディアが、弁護士の可能性として伝える。ただ、それは当事者にとって意味のある可能性でも、これから弁護士になろうとする人間にも果たして同じ意味を持つのかどうか、という点です。なぜ、そういうかといえば、そこには、前記したような弁護士「資格」必須の根拠、時間とおカネを投入し、不合格のリスクを負ってまで目指す弁護士でなければならないのか、という問題が、巧みに隠されているような感じを受けてしまうからです。

     「弁護士起業 ITが後押し 『リーガルテック』広がる」

     こんな見出しで、4月24日付けの日本経済新聞が報じています。大手の法律事務所や民間企業などで勤務経験がある弁護士がスマホアプリやオンラインサービスの事業を展開している話が紹介されています。「IT(情報技術)を駆使して法律関連サービスを提供する『リーガルテック』の市場が広がり、弁護士の活躍の場が広がっていることが背景にある」としていおり、登場する弁護士のコメントの抜き方を含めて、この分野での弁護士のチャレンジの将来的な可能性について、非常に肯定的に伝えている記事です。

     こうした弁護士のチャレンジにスポットを当てた記事には、そもそも一般化できない「生存バイアス」的な匂いがつきものであり、その当事者の志向や資質によっても差し引かねばならないものがあるように感じます(「『ビジネス』が強調される弁護士の魅力度」)。そして、少なくとも現在弁護士でない人間からすれば、この記事もまた、本当に「資格」としての弁護士を経由しなければ、たどりつけないところに、ここに登場する彼らがいるのか、その説得力のようなものが決定的に欠けているように思ってしまうのです。 

     記事の最後に、ある種奇妙にも感じてしまうこんな記述があります。オンライン事業を手掛けているある若手弁護士の言葉を抜いて、「『ITで何かをしたいという自分のような弁護士は増えるはず』と、後に続く若手弁護士の登場に期待をかける」という一文で、記事は締め括られています。しかし、そのすぐ前に、この記事は、やはりその弁護士の発言を抜いたこんな一文が載せています。

     「今はビジネスの楽しさにどっぷりとはまり『弁護士の仕事には絶対に戻らないと断言できる』ほど」

     やはり、弁護士の資格を持ちながら、弁護士の仕事ではないという意識と、それに絶対に戻らずにビジネスを楽しむことに価値を見出せる人材こそ、この記事が描いて見せた可能性なのか、といいたくなるオチというしかありません。

     ただ、こうした記事をたとえ、弁護士をこれから志望先にするかどうか検討している人が目にしたとしても、もはや安易にこれを受けとめてしまったり、その気になる人は少ないはずです。それならば、リスクを冒して弁護士にならずとも、法律を勉強しながら、はじめから企業や公務員を目指してもいいのでは、と考えてもおかしくありませんし、起業にしても、弁護士という「資格」をどうしても経由しなければたどりつけないと読みとるようには、とても思えないからです。

     分かっていないのは、むしろこうした可能性のアピールで、まだ「資格」としての弁護士を目指す人間たちが返ってくると考える人たちの方ではないでしょうか。これが実は役割集中型を目指した「改革」の失敗の結果として、「なんとかしなければならない」状況から逆算されたものであり、それがまだ、この世界に踏み込まないで済んでいる人たちの目にどう映るのかも、きっと彼らは十分に分かっていないのです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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