判決偽造という弁護士の病

     民事訴訟にかかわることになった市民の話の中に、強烈な疑心暗鬼の声を聞くことが、これまでもしばしばありました。典型的なものは、相手側当事者とその弁護士、それに味方であるはずのこちらの弁護士が水面下でつながり、結果的にこちらの意向に沿わない結論を導き出そうとしている、という強い被害者意識です。

     民事訴訟であれば、弁護士は、もちろん依頼者の意向を十分に汲み上げ、法律的に主張し得る有効な論理を展開する一方、依頼者に対して、現在の状況、法的な落とし所を含めた見通しについて、十分に説明あるいは説得しなければならない局面もあります。そうした第三者からみれば、弁護士として明らかに、はみ出しているとはいえないような行為でも、当事者にはまるで別のもののように、怪しくみえてしまう。

     そのなかには、単純に弁護士という仕事そのものが分かっていない、誤解しているととれる場合も少なくありませんが、時にそれはこうした裁判という体験したことのない非日常に接した普通の市民が陥っている、特殊な心理状態からくるのではないか、と思えることもあったのです。

     有り体にいえば、何を信じていのか分からないという状態。法律も分からない、裁判も分からない、自らの人生や財産にかかわる重大な案件が決定付けられる手続きが目の前で繰り広げられていながら、当事者である自分がまるで蚊帳の外に置かれ、分からないままに第三者に結論を出されてしまう孤独感と無力感。信じたい気持ちに疑いの影が忍び寄るのは、そうした依頼者の置かれた心理状態からすれば、何も不自然なことではないようにも思えます。

     「判決が弁護士によって偽造されたのではないだろか」

     実はこれまで依頼者市民と話すなかで、こうした声を聞いたことが複数回ありました。事実関係を聞いても、そもそも私が判断できる材料はないとはいえ、正直、「まさかそこまでは」という気持ちがあったことも否定できません。結局、こちらとしては、どちらにしても確証がないままに、前記心理状態を被せて、この話をそのなかでとらえてしまったように思います。疑心暗鬼のなかの、受け入れがたい現実に対する特殊な心理状態の反応として。

     あの時、あの依頼者たちの声に、あるいは別の対応をすべきだったのか――。そんな気持ちにさせるニュースが報じられています。兵庫県弁護士会所属の37歳の弁護士が、民事訴訟の判決文2通を偽造したとして、会が綱紀委員会に調査を求めたというものです。報道によれば、依頼者に依頼された訴訟の提訴手続きを放置、それがバレないために判決を偽造。弁護士本人もその事実を認め、裁判所に偽造を申して出ているといいます。

     改めて見直してみれば、弁護士による判決偽造は、実はこれまでも度々報じられていました。▽2013年~15年、顧問先企業から依頼された裁判の処理を放置し、発覚を恐れた50代の大阪弁護士会会員(当時)が判決文など5通偽造し、預かり金2806万円着服(2016年有印公文書偽造・同行使、業務上横領で1審懲役3年の判決、控訴)▽2003年都内IT会社の女性従業員から未払い賃金問題で訴訟の相談を受けていた30代の東京弁護士会会員(当時)が発覚を恐れ判決文を偽造(この弁護士は偽造判決文の支払い命令に合せて、会社に代わり自腹で未払い賃金を従業員に支払っていた)▽2000年~04年仕事を抱え過ぎ処理しきれなくなり、依頼者を納得させるために50代の大阪弁護士会の女性会員(当時)が判決文など37通を偽造(有印公文書偽造・同行使等で1審懲役1年6月)▽2001年倒産会社の債権回収に絡み、事件放置を隠すため、40代の札幌弁護士会会員(当時)が架空の訴訟の判決文を裁判所に提出。

     少なくともこれらの案件に共通しているのは、依頼した事件を放置し、その発覚を恐れて偽造に手を染めるという動機です。こうした案件について、同業者に聞いても、それこそ偽造の方の発覚のリスクを考えたならば、なぜ、そんなことができるのか理解できない、という答えが大方返ってくることになります。これは、他の不祥事ついても、ほとんど共通する答えだけに、結局、不祥事に手を染める人間にしかその気持ちが分からない、言われているのと同じになってしまいます。

     事件放置で懲戒案件になる痛手を回避するために、その場しのぎでやってしまった、ということかもしれませんが、東京弁護士会会員のケースのようにあくまで偽装するために、自腹で判決内容に沿って支払いまで行っていたとなると、そこまでする彼らの中の位置付けが全く分からなくなってきます。

     冒頭に書いた依頼者の疑心暗鬼のなかでいわれる、依頼者にとって不利な状況を意図的に作るために行われたというストーリーとは、若干違うものとはいえます。経済的に余裕がない現実が、こういうところにしわ寄せとなって表れているという見方もできるかもしれません。だが、一番重要なことは、やはり意識においても技術においても、その気になれば、弁護士が判決文を偽造できてしまう、という現実そのものです。判決を書き換えてしまう、という、法律で紛争解決に当たる人間が、その土俵を根底的にひっくり返すような行為を、どんな理由であれ、できてしまうということ――。

     記憶が正しければ、札幌弁護士会会員の案件で札幌地裁が告発した際に、弁護士による判決文偽造の前例がない、とする裁判所側の話を新聞の記事が紹介していました。その事実が正しいかどうかは分かりませんが、弁護士という仕事にとっては前例がない、ことこそに意味があった。そして、実例はさらに積み重ねられつつあります。

     そのことは、冒頭の依頼者が陥る疑心暗鬼の心理にも、ますます悪い影響を与えるはずです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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