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    司法試験受験生「保護」署名活動の危うさ

     司法試験問題の漏洩事件に端を発した法務省のワーキングチームの再発防止に向けた考査委員体制の見直しに絡み、ある署名活動がネット上で展開されています。「司法試験受験生の緊急保護を求める会」と名乗る主体による「司法試験の出題傾向の安定化を求める署名」です。10月21日にまとめられたワーキングチームの提言に懸念を示し、会名の通り、司法試験受験生の「保護」を求める内容です。しかし、この署名活動の趣旨を掲載した彼らの一文には、奇妙な気分にさせられる下りがあります。

     「同提言では、『平成28年司法試験だけ出題方針が変動するような状況になることは適切ではなく,受験者との関係でも避けるべきである』ともされており,平成28年司法試験も司法試験の出題方針は変更されないものと理解されます」
     「しかしながら、問題作成者の属性が抜本的に変更されることにより、事実上の出題傾向の変化が生じる懸念は払拭しえず、司法試験受験生は極めて不安定な地位に置かれております」
     「何も悪いことをしていない司法試験受験生は不当な不利益を被るべきではありません」
     「したがって、平成28年司法試験においても現行司法試験の出題傾向を維持し、特に(漏洩問題の生じた)憲法の出題において唐突に統治機構プロパーの問題を出題したり、マイナーな人権問題を出題したりする等をしないことを切に求めます」

     前記ワーキングチームの提言は、取りあえず平成28年の試験については、短答式試験、論文式試験ともに、研究者・実務家を問わず、法科大学院で指導している現役教員を問題作成から外し、研究者委員についてはかつて法科大学院で指導していたOBや学部指導のみの研究者は司法試験委員会の了承の下で実務家とともに問題作成を行えるという考査委員体制を打ち出したものです。それに対して、「受験生」を名乗る彼らは出題傾向変更の不利益を懸念しているわけですが、素朴に考えて奇妙な気持ちになるのは、そもそも司法試験というものが、いつからそういう不利益を主張できる性格のものになったのかということです。

     司法試験に限らず、受験者が出題傾向を検討するのはもちろん自由です。ただ、これはあくまで受験者側の一方的なアプローチであり、その傾向を挙げて出題者側に変更による不利益を訴えるという話はあり得るのでしょうか。つまり、「唐突に統治機構プロパーの問題を出題したり、マイナーな人権問題を出題したりする」のは、出題者の自由であり、それにあれこれいうのは、根本的に筋違いのように思えたのです。こういわれた出題者としては、本来「いやいや、出題の可能性はあるから用意しといて」としか答えようがないはずではないか、と。

     もちろん、受験者側の気持ちは理解しますし、お願いしたくなるところなのは分かるとしても、試験である以上、最上段に「不当な不利益」といえる話なのでしょうか。むしろ、司法試験の公正さという今、問われているテーマから考えれば、こういうことはあまり言わない方がいいのではないか、という気すらしてきます。なぜならば、あたかも「出題傾向」として伝わるような関係が、あらかじめ用意され、そこからはみ出すことが「唐突」扱いされるような慣習のうえに、司法試験が出題されているとの誤解が、社会に生まれかねないようにも思えるからです。

     法曹界の人間は、これをどう見るのだろうか、と思っていたらば、ある意味、当然の反応をしている弁護士ブログがありました。

     「仮に、傾向変化があったとしても、それが受験生にとって『不当な不利益』になるでしょうか。憲法の出題で統治機構を出題されると、それのどこが問題なのでしょうか。厳しい言い方をすれば、受験生の立場から『統治から出題されたら困る」などと言うのは、ただの泣き言でしかありません』
     「考査委員の構成に関係なく、こういった『傾向変化』は試験である以上覚悟しなければなりませんし、突然マイナー分野から出題がされるというのも、旧試験でもさんざん繰り返されてきたことではあります。(商法で場屋営業、民訴で専門委員が出題されたときがあったような記憶があります・・・)」
     「そもそも、実務の世界に出たら、どんな問題に直面するか、事前には分かりようがありません。常に予測できない問題に直面するのが法律家の宿命ではないでしょうか。そういった未知の問題に現行法の知識と法的思考を駆使して解決を図るのが法律家の役割なのに、出題傾向が変わらないように保護してくれ、というのは、私としては法律家を目指す気概が足りないのではないかと思います」(「Schulze BLOG」)

     今回の司法試験漏洩という事態をめぐって、関係者排除の是非が再発防止策の焦点になることは当然のことともいえますが(「司法試験問題漏洩事件が浮かび上がらせた現実」)、前記ワーキンググループ提言を見れば、ヒアリング結果からも、これまた予想通り、相当な抵抗があることがうかがえます。実務家教員のみでの問題作成の困難さもいわれますが、司法試験があくまで法科大学院教育の「効果測定」という位置付けになる新法曹養成制度においては、現実に教育に関与している人間が関与する正当性は、やはり言われ続けることも予想できます。

     ただ、そのなかで、この提言を改めてみると、それ自体にも気になるところがあります。「今回の事案を契機として出題方針等につき過度な変動が生じるのではないかという受験者の不安を取り除くなど、受験者の立場に沿った検討が必要である」ことがワーキングチーム構成員の共通認識であるとか、「平成28年司法試験だけ出題方針が変動するような状況になることは適切ではなく、受験者との関係でも避けるべきであることなどを考慮する」とか。

     一般的に「受験者の不安を取り除く」ことが悪いわけはありませんが、それが具体的にどういうことを指しているのか、この「出題方針」の変動とは何を意味するのかは分かりません。ただ、それが分からないだけに、制度を変えたくない人々の声と、この署名活動が提示している「何も悪いことをしていない司法試験受験生」の「不当な不利益」をいう声が、正当な主張として共鳴しているように、社会に伝わる(あるいは伝えようとする)可能性があるように思えるのです。

     これまでにも司法試験合格者数が減らされることも、地方に法科大学院がなくなることも、可哀想な受験者・志望者たちへの「不当な不利益」といった捉え方に近いものが、「改革」路線を守ろうとする側から聞かれました。あるいは将来、仮に法科大学院制度そのものが廃止されるときにも、彼らのなかからはそんな見方が出るかもしれません。

     しかし、いうまでもなく、彼らが「正当に」保護されることと、「改革」の現実が直視されるべきことは分けて考えなければならず、ただ、前者が「可哀想な」当事者として、「改革」の現実を直視しない方向に利用されることがあっていいわけはありません。

     その意味でも、この署名活動には、ちょっと危ういものを感じます。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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