「失う価値」という視点

     表現としては、なかなか適切な言葉が見当たらない感じもあるのですが、あえていえば、透明化できないもの、ルール化できないものが支えてきた環境を、ある種の「正論」が破壊し、奪っていくということが確かに存在します。「公正さ」や「平等」ということも掲げられる、この「正論」の前に、多くの人は口をつぐみます。

     もちろん、その中にはそのことによって、結果的に社会が利益を享受できることもあるでしょう。ただ、一方でそのイメージ化通りに、「価値」を生み出さない、むしろ失うということが起こる。その理由はいうまでないことですが、「不当性」のイメージ化が先行することによって、それが長く存在してきた「価値」や、失われることによって得るとされる「価値」との正確な比較衡量がなされなかった結果にほかなりません。

     司法改革をめぐる議論のなかでも、その意味で危ういと感じた、印象的なシーンがありました。「給費制」によって同僚や教官との懇親会や飲み会へ参加できたという司法修習生の本音が、政府の有識者会議で批判的取り上げられた場面です(「『格調』を重んじ『夢』を与える『フォーラム』」)。結果的に司法修習生が語ったことは、「給費制」の存廃の判断には、「価値」としてカウントされず、逆に「飲み代に血税か」という形で批判的にとられる材料となりました。

     ただ、「給費制」の恩恵を被った多くの弁護士に聞けば、異口同音に遊興費ではない、その「価値」を認めています。人脈や知識を含めて、もし「給費制」がなかったならば、修習生活で得られたものが相当にかわってしまっていたはず、という感想も聞きます。

     そもそも一般社会では修養は自弁、アフター5の酒席が勉強の時間になることはあっても、その費用が支給されるという発想は行き過ぎという「正論」も掲げられました。ただ、それが仮にこれまで修習生に与えられてきた特別な余裕であり、恵まれた環境であったとしても、それが支えてきた「価値」や魅力を奪う意味は果たして考慮されたのか、奪うことによって得られる「価値」との比較衡量はなされたのかに疑問を持つのです。百歩譲っても、根底にある金銭的な「価値」の説明で、判断停止できるのでしょうか。

     弁護士という資格についても、同じようなことを感じます。弁護士がこれまで「不当に」恵まれていたということが強調され、「資格は永久の生活保証ではない」という「正論」が掲げられています。しかし、その資格の安定性、他の資格に比べて経済的に恵まれていること自体は、何も「不当」ではなく、現実的にいえば、それが志望者にとって、この資格の魅力の大きなウエートを占めていたとしても、それ自体に問題があったわけではありません。

     司法試験は、長く志望者にとって人生をかけた「一発逆転」のチャンスというとらえ方をされる存在でした。法科大学院修了を受験資格とした新法曹養成制度は、仕事をしながらそのチャレンジをしようとするものにとって、機会を奪うことになりましたが、一方で増員政策よって弁護士という資格の安定性や余裕が失われたことは、「一発逆転」そのものの「価値」を奪ったといっていいものです。

     そして、現に前記「給費制」廃止も含めて、その失われた魅力によって生まれた志望者の敬遠という問題が、今、法曹界に突き付けられています。他の職種と比較し、「不当性」が強調されてきた法曹養成や弁護士のあり方をめぐる「正論」が志望者にとっての「価値」を奪った結果です。ただ、一番の問題は、その失われた「価値」に見合う、あるいはそれを上回る「価値」を「改革」が社会に本当にもたらしているのか、です。これがまさに「改革」の「価値」にかかわります。

     弁護士は「まだまだ食える」とか、「ニーズは掘り起こせばある」とか、さらには法科大学院というプロセスを経ないことによる「質」の問題を懸念してみせたところで、そのメッセージそのものが、資格の魅力を生み出し、経済的時間的負担覚悟で志望者が戻って来ることにつながるとは思えません。現実の法曹養成と弁護士の姿に、かつてのような魅力や妙味を志望者が感じ取れなければ、「価値」がない、あるいは化け皮がはがれた「正論」とされて当然です。

     法曹養成過程や弁護士という資格かどんな恵まれていようとも、それ自体私たち利用者にはどうでもよいことです(「『食えるか食えないか』というテーマの前提」)。それこそ世の中の仕事にも、さまざまな環境や安定性の違い、継続への有利不利があるように、法曹養成も弁護士も魅力があり、それだけ困難に資格試験にチャレンジする「価値」もあったというだけです。しかし、魅力のない世界からは優秀な人材も離れていきます。「正論」がいう「不当性」は、前記「価値」を奪うことで、本当にそれを上回る「価値」をもたらすのか。既に実践された「改革」で、これまでにそれは見えてきたといえるのでしょうか。

     以前、大学院の質の低下の問題に関連して、社会学者の宮台真司氏が透明化、ルール化されていないもので支えられていた環境が奪われた、変質のプロセスについて語っているのをご紹介しました。彼はその環境を「暗黙の前提」としていますが、いったん破壊されたそれをまた作り出せるのかについては、かなり悲観的な見方も示していました(「法曹養成の『暗黙の前提』」)。

     弁護士界のなかにも、「弁護士という資格はかつてのような魅力を取り戻せない」といった悲観的な見方が強まっているように見えます。しかし、「改革」がまだ基本的にその路線の上を走り続けている以上、私たちはこれからも「失う価値」について、フェアにこだわり続ける必要があるはずです。


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    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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