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    欠落した業界団体的姿勢という問題

     新型コロナウイルスの影響による、医療機関の経営悪化に関連して、日本医師会の中川俊男会長は、さらなる財政支援を政府に求める考えを示したというニュースが流れています(You Tube NHK NEWS WEB。中川会長は先月の会長選挙で4期8年務めた現職候補を破り、当選して話題になったばかりです。

     会見で中川会長は、概ね以下のように述べています。

     「現在も終息に至っていない新型コロナウイルス感染症による医療機関経営への影響は深刻で医療利益が大幅に悪化している。補助金は固定費である給与をカバーするには不十分」
     「同感染症に対応していない医療機関も医療収入が大きく減少し、医療利益が悪化している。すべての医療機関が地域を面で支えて同感染症に対応しているといっても過言でない。一般の患者の受け皿があってこそ、医療機関は同感染症患者に集中できる。地域で支える医療機関への支援は不可欠」
     「患者が安心して医療を受けられるよう、医療機関の経営等も把握し、引き続き必要な対応を実施するよう求めていく」

     このあと記者とのやりとりで、夏のボーナスをゼロにする医療機関があることへの受けとめ方を問われた会長は、次のようにも語っています。

     「経営上の問題で、ゼロにしなければならないほど追い詰められているということ。こういうことが頻発すると、完全に悪循環に陥る。医療従事者にも生活も家族もあるし、感染の危険もあるといわれ、風評被害にも合いながら、こういうふうに追い詰められると大変なことになる。早期に手を打たなければならないという認識でいる」

     この情報に接した時、すぐさま新型コロナ法テラス特措法案をめぐる荒・日弁連執行部の対応への不満や疑問が渦巻いている弁護士会の人間たちが、この日本医師会トップの発言を知ったならば、どう感じるだろうか、ということが頭を過りました(「弁護士の現実に向き合わない発想と感性」)。そして、ネットなどから聞こえてくる、会員の声は案の定といえるものだったのです。

     コロナ禍に対して、医師と弁護士という二つの専門家の立場を単純には比べられないという人も、もちろんいるでしょう。与えられた使命の性質はもちろんのこと、社会の期待という、要求の後ろ盾になるものの、大きさも緊迫度も、社会全体の共有度も違うといえるかもしれません。ただ、それを分かったうえでも、専門家団体のトップとして、この状況下に置かれた個々の会員の経済状況への目線の違い、そしてなによりも、それを今、見過ごない、とする強い意志・姿勢に関して、比べたくなる弁護士の気持ちは、やはり理解できるといわなければなりません。

     コロナ禍によって法的支援を求めている人は増えている。しかし、同時に、弁護士の事務所も経済的に打撃を受けている。前記支援だけを一方的に拡充するわけにはいかない、と。個々の弁護士会員にも、「生活や家族がある」、法的問題への対応を、個々の弁護士も経済的に自立、経営しながら「面で支えている」ということに、業界団体として弁護士会は医師会ほど配意しているのか、少なくくともそう会員に、今、伝わっているのか――。

     「医師会が弁護士会のようなマインドだったら、『コロナで大変だ!コロナ患者と、その家族は、タダで診療します』と言い出している」
     「医師会はさすが。こういう弁護士会なら喜んで入りたい」
     「医師会がちゃんとしているのは、仮に患者負担ゼロを主張するにしても、代わりに国に金を出せと言えるところ」

     こんな内容の声がツイッター上に流れています。確かに一部法律事務所のボーナスカットに絡んで見解を問われたとして、それこそ弁護士会主導層のマインドからして、会トップが、果たして前記中川会長のような、返しをするのかは正直疑わしいと思わざるを得ません。

     なぜ、こうなんだ、という話を、これまで散々弁護士との間でもしてきました。弁護士自治・強制加入という、ある意味、特別な事情を抱えた業界団体でありながら、対外的対内的への対応のアンバランスさが目立つ現実。前記特別な事情があるがゆえに、それに見合った、対内的により強固な会内民主主義とそのプロセスへのこだわりがあっていいはずだが、そこが会員に伝わらないーー。

     「昔から弁護士会はそういう団体だった」という見方があります。弁護士界には、司法改革がもたらした弁護士の経済状況の悪化という、根本的な問題が横たわっています。しかし、一方で「改革」以前から、常に弁護士会主導層は、およそ業界団体としては、弁護士・会の公的存在と役割に、極端に比重を置いた姿勢を示してきました。ただ、有り体にいえば、「改革」以前の、多くの会員の経済的状況が、それを許してきた。現実的にいまほどの我慢も痛みも、会員が強いられることがなかったからです。言葉が適切かどうかは分かりませんが、要するにサイレントマジョリティが、会の姿勢や、強制加入・自治維持に伴う高い会費に、寛容でも無関心でもいられた。

     しかし、増員政策という会員に痛みを伴う「改革」、というよりも、需要の顕在化が予定されていたという意味では、そこまで痛みがあるとは聞かされていなかった「改革」の失敗によって、その前記特殊な業界団体としてのアンバランスさの方が顕在化してしまったといえます。

     「改革」を主導した側の目線で言えば、「痛み」そのものを読み違えただけでなく、その先に担保されるべきだった「痛み」が伴う状況下での会へのコンセンサス、これまでのような寛容さを期待できず、業界団体としてのアンバランスさを解消しなければ、これまで通りの活動も、自治・強制加入までも脅かされるという状況の到来まで、読み違えた(読めなかった)。そして、それがはっきりした現在においても、それを読もうとしているように会員には見えない――。

     「改革」初期の弁護士会の、今後訪れる弁護士業務の未来に対する検討資料を探ると、弁護士事務所形態の多様化や専門化、富裕な個人・企業を相手にするビジネス指向と弱者救済指向の二極分化といったテーマについては、さかんに議論されているのに対し、会員激増時代の弁護士会へのコンセンサスであるとか、公的役割を維持するための経済的基盤の担保(経済的自立等)についての検討が、ほとんど見当たらないことに気付かされます。

     今日の状況は想定されてなかった、「改革」の成功が前提の発想だった、といえばそれまでですが、少なくとも、その欠落がはっきりした今、何をしているのかについては、当然、別の評価は避けられないはずです。弁護士会主導層には、新しい発想が必要なのではないでしょうか。日本医師会会長が示したように、会員の状況から目を背けず、法律事務所の「経営も把握」し、そちらの側に立って発言する。それがいかに公的な使命を求められている団体であっても、かつ、自らが提唱した「改革」の失敗がもたらしたものであっても――。


    弁護士自治と弁護士会の強制加入制度の必要性について、ご意見をお聞かせ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4794

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    弁護士の現実に向き合わない発想と感性

     これまでもかなり以前から、司法改革の結果生まれた、こと弁護士をめぐる現象について、法曹界外の人間からは、ある傾向を持った肯定論が聞かれてきました。例えば、国選弁護に若手が事件を奪い合うように殺到したとか、地方に弁護士が目を向け、偏在が解消されたとか、これまで見向きもしなかった案件を手掛けるようにもなったとか、さらには法テラスという、低廉な弁護士処遇システムでも、多くの弁護士は参画するようになった、とか――。

     増員政策で弁護士の経済的状況は激変した、苦しくなったというけれど、利用者からすれば、いずれも結構なことではないか、と。弁護士を経済的に追い詰めなければ、こんな「成果」は生まれなかったではないか、という話です。あたかもこれまで経済的に余裕があった資格業が、こういう形で追い詰められることによって、「心得違い」を改め、このように「成果」が出たのだ、という描き方の肯定論ということになります(「弁護士『追い詰め』式増員論の発想」)。

     しかし、現実をいえば、これは弁護士の無理に依存した、持続が困難で、かつ、結果的に利用者の利にもならない描き方です。一時期の国選の話にしても、法テラスにしても、劣悪な条件でも引き受けざるを得ないだけで、それが正常に「改革」の「成果」として成り立っているという描き方はできない。つまり国の負担すべきコストを、弁護士に転嫁して、「なんとかせよ」「なんとかなるだろ」といっている話に過ぎません。

     前も書いたように、需要があるところに人が集まるのであれば、「改革」が強調する市場原理に立てば、仮に地方に弁護士の目が向かなくても当然のこと。コップの水が溢れるように、都会から地方に弁護士が押し出されるように流れるというのは、やはりそこに無理があるわけで、以前も書いたように、偏在解消が実現したのは、この描き方の正しさよるのではなく、これまた弁護士の有志の精神によるものというべきです(「弁護士過疎と増員の本当の関係」)。

     弁護士界内で有名な「成仏理論」は、この文脈でみて、初めてその正体が分かる気がします(「弁護士『成仏理論』が描き出す未来」)。実は、この理論の提唱者は、前記肯定論の無理を分かっている。要は「なんとかせよ」とはいうが、「なんとかなるだろ」とは心の底からは思っていない。つまりは「それでもいいじゃないか」という話をしているのです。もっとも「飢え死にすることはない」ということ自体が事実に反しているといえるかもしれませんが、そもそもそういうレベルまでハードルを下げる資格に、誰が多額の先行投資をしてやってくるのか、という点の欠落が、理論として致命的であることも、既に「改革」の結果が証明しているというべきです。

     ただ、弁護士にとって、さらに深刻な、ある意味、最も不幸といっていい現実は、「改革」を主導した弁護士会主導層が、この現実を延々と認めない、直視しない。つまりはこの現実にさらされている会員側に立っていない、寄り添っていないととれることです。その論理付けの柱は結局、「改革」の成果論(いわばこれからなんとかなる、結果は出ていないという見方)よりも強い、弁護士の使命への自覚をいうものに見えます。

     有り体にいえば、弁護士の「心得違い」論をはらんだ、前記「なんとかしろ」論調を、弁護士会主導層は弁護士の使命として、「受けとめなければならない」論に転換し、会員の無理、持続困難性の主張を乗り越えて、現実的な国のコスト負担を求めることより(あるいはそれを条件化することより)、これを会員に当然のごとく求めてきた。言ってしまえば、これがこの「改革」で一貫している、推進派弁護士会主導層の基本的スタンスのようにとれるのです。

     弁護士自治への会内コンセンサスということから、より会員と会員利益を向いた姿勢が求められているという内容の記事(「弁護士自治と会務のバランスという問題」)をアップした矢先に、このテーマにつながる問題がネット界隈の弁護士間で急浮上しました。立憲民主党など野党共同会派が6月12日に衆院に提出した、いわゆる「新型コロナ法テラス特措法案」(閉会中審査)をめぐる問題です。

     既に弁護士の間からは批判の声が続出し、問題点を詳細に分析する弁護士による論稿もネット上にアップされています(「BLOG@yiwapon」 「刑裁サイ太のゴ3ネタブログ」)。法案そのものの問題性についての分析は、これらを是非、読んで頂きたいと思いますが、新型コロナ対策の名のもとに、利用条件が緩和されることにより、利用者が拡大し、ただでも弁護士から低廉過ぎるという不満があった法テラスの報酬基準で、弁護士の通常報酬を得られた部分まで手掛けざるを得なくなる、といった影響が懸念されているのです。
     
     「例えば、『コロナで減収になった人は5割引で飲食店を利用できるよ!やったね!飲食店の負担?飲食店が自腹切れよ。』と言われて飲食店は甘受しなければならないのか。この『飲食店』を『弁護士』に置き換えたのが野党の法案。想像力の欠如」(「とーしょくぱみゅぱみゅ」)。

     こんなツイートが流れています。コロナの影響で弁護士も当然に減収している。そこは全く考慮せず、国が補てんするという発想もなし。まさしく前記「なんとかしろ」論調の政策というしかありません。ただ、ある意味、弁護士に最も衝撃を与えたのは、この法案提出を伝えた野党議員のツイート中に「日弁連から要望」という文字があったことでした。
     
     その経緯も少しずつ明らかになりつつありますが(「BLOG@yiwapon」)、率直に言って、前記したような「改革」に対する日弁連・弁護士会主導層の発想が典型的に表れているようにとれます。「法的支援の拡充」という「使命」の前に会員の現実を考慮しない、あるいは疎かにしても許される、もっと強く言ってしまえば、犠牲を前提にした積極的な「べき論」までが伺いしれてしまう。「無神経さ」「無配慮」という表現もみられましたが、もっと確信的なものをここにみている会員も少なくありません。

     つまりは、前記例に置き換えれば、「飲食店」と「弁護士」は違う。われわれの使命からすれば、これは甘受しなければならない、と会員に求めることは正しく、弁護士が「なんとかしなければならない」と受けとめるべきことであるという認識です。法テラス案件と縁を切ればいいという声も会員間に広がりつつあるようにみえますが、地方会で一切断絶は対依頼者で困難という現実もいわれているほか、そもそも弁護士の多くがそれを選択せざるを得ない制度も、そして「仕方がなく」付き合うことを前提とする発想も、およそ健全なものとはいえません。

     会員のなかには、こういう形が維持されることで、遠からず弁護士会は破綻するという人もいます。自治を維持するための、会員対応とのバランスについて、先日書いたばかりですが、会員の無理や持続可能性への視点や配慮を欠く主導層の姿勢と感性は、弁護士会の会員コンセンサスと存立に、相当深刻な問題になりつつあることを伺わせます。


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    弁護士自治と会務のバランスという問題

     弁護士の意識改革の必要性が、今回の司法改革では当初盛んにいわれ、弁護士会内でもそれは大方自省的に受けとめられました。ただ、この20年を振り返れば、結果的に会員弁護士の意識が大きく変わったもののなかには、やはり弁護士会、とりわけ「自治」に対するものを加えざるを得ません。

     これはおそらくこの「改革」を推進し、前記意識改革を主体的にとらえた方々にとっては、想像以上に皮肉な副作用であったというべきかもしれません。弁護士が大量に必要になる世界を描き、そのために弁護士がどう変わるべきかということを散々議論して、これまでよりも積極的に市民のために乗り出し、果敢に業務拡大を推し進める。そのための、まさに自省的な意識改革の提唱――。

     それが大量の弁護士を支えるほどの経済的ニーズが顕在化せず、その描いた図が破綻した現実は、個々の弁護士の会に対する意識を否応なく変えたようにみえます。強制加入と高い会費が支える「自治」の意味、もっといえば、対外的なものだけでなく、対内的にそれがどういう価値を持つのか、について、シビアな目線を向けるようになった。

     あくまで印象として、間違えを恐れずに表現してしまえば、「改革」がもたらした事態によって、これまでになく、あるいは初めて、多くの会員は、この意味での「自治」の存在と価値を再検証し始めたようにさえみえるのです。ところが、ある意味、不思議なことですが、この変化に対して、会主導層の「自治」に対する会員向けのスタンスは、ある意味ほとんど変わっていない。言い方を換えれば、変えなくてもこれまで通り、やっていけるという姿勢にとれるのです(「『多数派市民』と自治をめぐる弁護士会のスタンス」 「『弁護士自治』会員不満への向き合い方」 「『弁護士自治』の落城」)。

     2年前に、東京弁護士会の最大会派(派閥)である法友会が採択した「弁護士自治を堅持する宣言」に、このテーマに対する弁護士会の基本的な姿勢や現状認識が現れています。詳しくはお読み頂ければと思いますが、宣言と提案理由に書かれている内容の柱をまとめると以下のようなものになります。

     ① 弁護士自治は、弁護士の職業としての独立性を制度的に保障し、民事事件と刑事事件とを問わず、弁護士の自主的判断を守護し、日常業務を支える基盤であり、堅持が必要である。
     ② 弁護士自治は少数者保護を十全ならしめるために欠くことができず、少数者になった場合の市民にとっての、セーフティネットである。
     ③ 近時、は憲法改正や死刑廃止などの会員間の意見が大きく分かれている問題をめぐり、そのような政治的問題については弁護士会が意見を述べるべきではないという意見もある。また、弁護士業務をビジネスと割り切り、弁護士自治の維持に関する負担を削減しようという意見も見られ、さらに、相次ぐ弁護士不祥事で、弁護士自治を支えるべき市民の信頼が揺らいでいるように見受けられる。
     ④ 自由で多様な意見交換を通じて堅持すべき弁護士自治の重要性をあらためて認識し、会員に研修や意見交換の機会を提供すると共に、自治を支える
    弁護士会内の合意形成に尽力し、不祥事対策に真剣に取り組むことで、弁護士自治が実質的に機能するための活動を行うべき。

     これをみると、やはり弁護士会主導層の現在の弁護士自治観も、要するにこういうことなんだろう、という気がしてきます。従来から言われてきた弁護士自治の重要性、価値を繰り返し、現在の自治に対する会員や社会の目線を一応理解しながら、それへの直接的根源的な対策が導かれない。会員への自治の重要性周知、不祥事対策をそれこそ百万遍でも繰り返せばよし、自治堅持にはこれしかないといっているような姿勢です。

     その特徴にさらに踏み込めば、前記「改革」の影響・失敗にできるだけ踏み込まないということのようにも取れます。しかし、それだとそもそも弁護士会活動と自治に、現会員の理解を得て、それへの支持を堅持するために新たに何をすべきかというテーマには、延々と辿りつかない。すべては自治の意義への会員理解の問題、自治が揺らぐのはつまるところ会員の理解度、認識不足の問題といっていることになっています。

     不祥事対策が弁護士会として必要であっても、それはいわば被害を防止するための責任の問題であり、それで自治が許容されていくというようなことがいえるのか。「少数者になったときのセーフティネット」という描き方は、弁護士の意識のあり方としては正しくても、それがどのくらい社会に伝わるのか、認知されるのかはまた、別の問題として考えなければならない。弁護士による「弁護士インフラ論」と同じようなものを感じざるを得ません。

     最近、ツィッター上で、こんな一文を見かけました。

     「高額な会費負担や各種市民様向け会務活動もまた『弁護士自治』の対価なのだとしたら、そこまでして要らないというのが率直な感想。弁護士自治の重要性を理解してないと言われればそれまでですが、その自治は誰のため?会員の経済的利益のために活動しない(むしろ毀損する)業界団体は迷惑です」(カイローヤー)
     「弁護士自治崩壊のトリガーは、会員の方を向かない会務活動のために高額の会費を漫然取り続けることによって鬱積する会員の不満に、経済的窮境が重なったときに引かれると思います」(向原総合法律事務所 弁護士向原)

     弁護士会主導層に問われているのは、率直にいってバランスの問題なのだと思います。それこそ人権擁護を掲げる専門的職能集団の、その使命からの発言や活動は、仮に「政治的」と烙印を押されようとも(そういう批判にさらされようとも)貫かれなければ、それこそ今度はその存在意義が問われます。「政治的」といわれる度に沈黙する団体ではあってはならない。そして、そうした局面もあると思います。

     しかし、それを貫くのであれば、これまで以上に会員と会員利益に向いた活動を弁護士会は示さなければならない、というか、示さなければならなくなった。そのバランス感覚の問題です(「弁護士会が『政治的』であるということ」 「弁護士会費「納得の仕方」から見えてくるもの」 「『新弁護士会設立構想』ツイッターが意味するもの」)。

     そして、そうした状況を生み出したのは「改革」なのです。それを認めない発想が、結局、弁護士自治をめぐり、これまでになく、より会員を向いた、バランスのとれた姿勢が求められることになった、その現実を認めないことにもつながっている――。弁護士会主導層の姿勢は、そんな風にとれて仕方がありません。


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    弁護士会が試される会員支援の本気度

     日弁連が会員弁護士などに送付している機関誌「自由と正義」、機関紙「日弁連新聞」の5月号、6月号の発刊を中止するという異例の措置をとるなど、イベントの軒並み中止に続き、新コロナウイルスの影響は日弁連・弁護士会の活動にさらにはっきりした形で現れ出しています。

     そうしたなか、荒中・日弁連会長が4月27日付けで会員に対し、個々の弁護士業継続への支援として、助成金など会員が利用可能と考えられる各種施策、法律事務所での新型コロナ対策への対応策として調査した工夫例の会員専用ページへの掲載や、新型コロナ対応についての全会員へのウェブアンケート実施を伝えるメッセージを発表したことが、既にネットに流れています。

     このメッセージで荒会長は、次のような認識を示しています。

     「会員の皆様におかれましても、業務の遂行方法はもとより事務所の経営など、これまで経験のない多種多様な課題に、日々、直面されていることと存じます。他方で、弁護士の担う役割は、この緊急事態下においてこそ、社会のインフラとして有効に機能しなければなりません。市民や企業が抱える各種の法的課題に、人権擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士が支援の手を差し伸べる必要があります」

     今回のメッセージについて、会員間でもいろいろな受けとめ方があるようです。もちろん、前記会長の認識は基本的には正論と受けとめられそうですし、また、日弁連会長という立場としても、言うべきことは言っているという評価になるのかもしれません。

     しかし、こと会長の前段の認識を踏まえた、会員支援という意味では、さらなる期待、あるいはもっと別のことを期待する声が聞こえてきます。その最たるものは高額て知られる会費の免除です。この異常事態に日弁連・弁護士会がそこに踏み込むのか、なぜ踏み込まないのかという話です。

     しかし、皮肉なことではありますが、むしろそのネックとなることが、あえていえば、むしろ、前記会長の後段の認識のようにとれるのです。他の士業に比べて明らかに高額な弁護士会の会費。それについて、なぜ、既に司法改革の失敗によって個々の弁護士が経済的打撃を受けているなかでも、はっきりとした形で減額に踏み切れないのか。多数会員の同意を得て、ある意味、弁護士会独自の決断で踏み切れる施策のまずなのに、なぜ、乗り出せないのか――。

     これについて、これまでも弁護士会主導層が最も繰り返し掲げてきた「公式見解」は、端的にいえば、弁護士自治の存在とその意義です。弁護士会は、他の士業と異なり、行政官庁の監督を受けない強固な自治を有している。それは、個々の弁護士が基本的人権の擁護と社会正義を実現を全うするために必要であり、かつ、弁護士会の活動は、その個々の弁護士では全うしきれないものに対応している。だから、構成員である会員は、当然にこれを負担する必要があるのだ、と。

     しかし、近年に至っては、会員の本音として、この論法だけで納得できるか、という問題が現実化しています。その弁護士会を支えているのは、強制加入によって否応なく参加させられている個々の弁護士であり、その経済力である。つまり、その基盤がまず優先されるべきではないか、という疑問。そして、会長コメントにあるような「社会インフラ」論への疑問(インフラを自力で支えること。逆にインフラであるはずなのに、社会に十分支えられていいないと感じる不満等)。

     自治と「反権力」が結びついて語られた時代を考えると、この視点を抜きに強固な弁護士自治堅持を掲げる限界の問題にもなるようにとれますが、その一方で、日弁連・弁護士会という強制加入団体としてのコンセンサスということでいえば、やはりこの視点で会員を納得させられた、「改革」が破壊してしまった、弁護士の経済的な環境が、かつてはあったということもいわなければなりません(「『弁護士自治』会員不満への向き合い方」 「弁護士会費『減額』というテーマ」 「弁護士会費『納得の仕方』から見えてくるもの」)。

      会費についてだけいえば、それこそ人件費や会館にかかる固定費など、さまざまな減額できない事情も掲げられるかもしれません。ただ、少なくとも会長の後段の説明だけで、会員が納得できる時代はとっくに終わっている。おそらく会員の多くは、会長の言う使命として「弁護士が支援の手を差し伸べる必要」は、よく分かっているはずのです。

     むしろ、今、会員の視線は、その使命達成までも根本的に危うくする、この異常事態に、強制加入の弁護士会が、むしろ業者団体として、どこまで会員の生存を本気で支援する気があるのかに向けられているようにみえます。これについては、まだこれからとはいえ、会員間からは相当悲観的な見方も聞こえてきますが、その意味で、やはり今、この組織は試されているというべきかもしれません。


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    弁護士会による報酬上乗せ制度が意味するもの

     障害者の国選弁護のなり手不足に対応して、大阪弁護士会が独自に弁護士の報酬を上乗せする新制度をスタートさせたことが話題になっています(NHK 関西NEWS WEB )。30万円を上限に、障害の特徴に合わせた弁護活動を行ったか審査して、金額を決めて加算するものだそうです。

     背景には、医療や福祉の専門家の意見を参考にしなければならないなど、時間や費用がかかる弁護活動が敬遠されることによる、人材不足があります。また、それと同時に、そうした分野であるだけに、個々の弁護士による対応に大きなバラツキがあることもいわれています。障害者の権利を守るという立場からすれば、弁護士会ができるだけのことをするという発想での、こうした対応は、ある意味、現実的であるともいえますし、会内には全国に広がることを期待する向きもあります。

     ただ、一方で複雑な受けとめ方をする会内の声もあります。本来は国や法テラスが制度化してもいいところを、またぞろ弁護士会員の会費を投入し、なんかとかしようという、典型的な弁護士会による努力依存型のスタイルだからです。もちろん、このスタイルにあっては、必ずといって犠牲的な努力の積み重ねで、前記制度化への道へが開けるという期待感も被せられます。

     しかし、あえていえば、これが仮に全国の弁護士会に広がり、うまく機能すればするほど、皮肉にも「これでよし」「身内のフォローなんだから弁護士会がむしろやるべき」的な社会の反応で片付けられかねない現実もあるのです。

     「自分たちの活動が十分に報酬に反映しない、報われないということへの不満の声がある。担い手を増やすことによって障害のある被疑者・被告のニーズにも応えていく」 

     前記のニュース映像で、同会の担当弁護士はこう語っています。ネット記事では、担い手を増やすことで再犯防止につながるという期待までも紹介されています。しかし、まず、弁護士会の努力によって担い手を増やす、そしてその向こうにいろいろな成果を描き込むという方法に、やはり一番の不安があるといえます。

     やはり根本的な弁護士の経済環境が、まず、正面から問題にされるべきではないでしょうか。かつてより弁護士が採算性にこだわらざるを得ず、そうした手間や時間がかかる案件を手掛けたくても手掛けられない環境が、障害者弁護に限らず、今、生まれていないのかということです。こういう切り口になると、必ず「すべて改革のせいにするな」と言う人がいます。改革以前から、例えは、こうした手間のかかる分野を敬遠する弁護士がいなかったのか、といえば、そうではないかもしれない。ただ、改革の増員政策は、ここでいわれているような、敬遠やバラツキを解消する方向に貢献するものとなったといえません。

     増員による多様性の発想は、結局、こうした弁護士の敬遠や質のバラツキにつながる現実を度外視して、「増やせば、その条件でやる人間も現れる」という楽観論に支えられていたといえないでしょうか。弁護士会の「独自の」努力によって担い手をまず増やす、という方向が、一面で現実的でありながら不安を覚えるのは、やはりその先が見えないからといわなければなりません(「弁護士横領事案、『連帯責任』の受けとめ方」)。

     ちなみに大阪弁の新制度に関して言えば、弁護士職務基本規程49条1項に、弁護士は国選弁護人に選任された事件について、「名目のいかんを問わず」被告人その他の関係者から報酬その他の対価を受領してはならない、とされています。釈迦に説法みたいな話で、当然、大阪弁もこれを踏まえているでしょうし、弁護士会はここでいう「関係者」でもない、ということになるのでしょうが、一面、弁護士会自身がおよそ想定していなかった事態に対する、想定していなかった方法なのではなかったか、という気もしてくるのです。

     「なぜか、弁護士会はできないことをできないと言わずに、無理して引き受ける」。こう語った弁護士がいました。もちろん、「国が制度化するまで放置はできない」という「正義論」は、いつの時にも掲げられ、それが弁護士会のスタイルということになるのかもしれません。しかし、少なくとも、その努力がいつの日か社会に評価され、制度化という形でそれこそ報われるはず、という発想に、ついていけなくなっている会員が確実に増えてきていること、むしろ増やしてしまったことを、もうそろそろ弁護士会主導層は直視すべきだと思えてなりません。


    今、必要とされる弁護士についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4806

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    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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