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    5氏出馬の日弁連会長選から見えたもの

     史上最多の5氏出馬で注目された日弁連会長選挙は、2月7日の投開票の結果、大方の予想通り、いずれの候補者も当選要件(総得票数が最多で、かつ3分の1の18会以上で最多得票)を満たさず、上位2候補による3月11日の再投票にもつれ込むこととなりました。開票結果仮集計によれば、8724票で最多得票となった第二東京弁護士会の山岸良太氏は、最多得票会が14弁護士会にとどまり、次点で6939票を獲得し、28会で最多得票だった仙台弁護士会の荒中氏との間で再度争われることとになったということです。他3候補の結果は、愛知県弁護士会の川上明彦氏2333票、最多得票会6会、千葉県弁護士会の及川智志氏1889票、同3会、東京弁護士会の武内更一氏が898票、同0会。

     投票率は49.9%で、史上最低だった前回2018年の選挙から9.1ポイント上昇し、過去4回の選挙のなかでは最も高い数値。得票率が50%を超えた会も前回の16会から41会に増えましたが、その一方で、大票田である東京三会、大阪、神奈川県、福岡県の各弁護士会で軒並み50%を下回った結果、全体としては投票率で、依然低いレベルの選挙が続いている印象です。

     いわゆる「主流派」候補から3氏、かつ、会長席の持ち回りが慣例化している東京・大阪以外の地方会から3氏が出馬したことでも異例となった選挙で、会内では早くから「主流派」票の割れ方や、地方会票の流れ方も注目されました。東京と地方の「主流派」2候補の再投票という結果たけをみれば、そのまま大都市会対地方という構図にはなっているといえま(「『改革』が変えた日弁連会長選挙」)。

     数字の上でみれば、両候補にとって、片や最多得票会の4会の上乗せ、片や1800票余りの票差の逆転が、再投票での当選へのハードルになっている格好です。2800票余りの及川・武内両「反主流派」候補の票は、法曹人口減員など、「改革」路線に対する明確な反対への支持を背景としているとみられるだけに、「主流派」2候補の再投票結果を大きく左右するものになるかは微妙。その一方で、所属会の地盤ともいえる中部弁連の6会できっちり最多票を獲得し、1470票を固めた「主流派」の川上氏の支持票の流れが注目される形になっています。

     こうした構図になると、とかく政策そのものの違いよりも、結局、東京の大派閥票をどちらがどう取るか、はたまた次回選挙に恩の「売り買い」が取り沙汰されるのが弁護士会の選挙でもあります。実際にそういう水面下の動きがないとはいえませんが、東京の会派(派閥)関係者のなかでは、「2年後の約束なんて空手形になりかねない」、つまりは当てにはならないということが、ずっと言われています。2年後の選挙の誰が立つか、その時どういう情勢になるかが分からないのは当たり前であり、かつての今よりも派閥や長老主導の持ち回り選挙がかっちりしていた時代でさえ、現にそうであったことを考えれば、いまやどうなんだろうか、という感じはします。

     ただ、それはそれとしても、やはり前記当選へのハードルをなんとか越えなければ再投票での勝利がない両陣営としては、やれることはそれほど多くないだけに、組織的にまとまった票、あるいは、まとまった最多得票会の獲得というところは注目せざるを得ないところのはずです。

     肝心の政策はどうか。各候補が取り上げている若手対策や、会員間で関心が高い職務基本規程改定、非弁対策へのスタンスなどが、選挙期間中話題となり、各候補の違いもネットなどで取り沙汰されました。大都市会対地方会という構図通りの選挙結果のなか、「主流派」内での対決となった選挙だけに、前記構図とは別に、現執行部との政策的な距離、つまりはどちらが現状を継承するか(維持するのか)という観点が、各政策についての現状肯定・否定双方の会員の投票行動に影響する面もあり、特に再投票ではそこも焦点になる可能性があります。

     ただ、その意味でも、今回の選挙結果でどうしても指摘しておかなければならないのは、反「改革」という、「主流派」との決定的で、はっきりとした政策の違いを示しているはずの、「反主流派」候補の、予想以上の苦戦、低調です。

     全候補の獲得票に占める各候補票の割合でみた場合、トップの山岸氏42.0%、荒氏33.4%、川上氏11.2%、及川氏9.1%、武内氏4.3%。「主流派」対「反主流派」の構図でみれば、86.6%対13.4%ということになります。「主流派」から2候補、「反主流派」2候補の4人で争われ、最終的に両派2候補の間で再投票、再選挙にもつれ込んだ2012年選挙(最終的に「反主流派」で初めて前回当選した前会長の宇都宮健児候補が敗北し、「主流派」に会長席を奪還された)時の、最初の投票の結果でみると、獲得票の占有率は、「主流派」57.3%に対し「反主流派」42.7%。両派同一候補一騎打ちの再選挙では、52.7%対47.3%でした。

     弁護士激増政策への賛否、あるいは司法試験合格年1500人と「更なる減員」の検証か、1000人以下への減員か、といった両派で最も先鋭的に対立するはずの政策を、前記票差に重ね合わせてみると、日弁連への「改革」へのスタンスの違いというテーマが、以前のように会長選への会員の投票行動に反映しずらくなっている可能性がうかがえます。もちろん、候補者が違う以上、キャリヤや人柄を投票行動に反映させていることもあります。ただ、武内候補についてみれば、今回は過去3回の出馬で最も票を獲得できず、「反主流派」も2候補に割れたとはいえ、前回2年前から約2200人の有権者会員が増えるなかで、今回、ほぼ2000票を失っており、「反主流派」票として括ってみても、同派は今回60票減らした格好になっています。

     2年前の前回の結果でも、「日弁連会長選挙での『改革』路線を挟んだ会員票の流れの潮目が、決定的に変わった」と書きましたが、さらにその印象は強くなり、選挙結果を見る限り、この対立軸が、少なくとも会長選の勝ち負けにつながる形から、現実はさらに遠のいたようにとれます(「会長選最低投票率更新が示す日弁連の現実」)。

      しかし、この「改革」の失敗、そしてそれを引きずっていることこそが、今の弁護士会と個々の会員の活動に、もっとも影響を及ぼし、足を引っ張っているテーマであることは、動かし難い事実です。

      「(再投票に臨む)日弁連会長候補2人はいずれも弁護士人口増加を業務拡大で吸収するという政策。でも年1500人合格だと、弁護士は年1000人ずつ増加。1人当りの売上が1000万円だとしても、この弁護士増加を吸収するには毎年100億円ずつの業務拡大が必要になるはず。2候補にうかがいたい。ほんとうにそんなことできるの?」

     及川氏は選挙後、自身のツイッターで、こうつぶやきました。この問いかけは、全く正しいと思います。しかし、なぜ、投票行動に及ぶ会員がこういう視点で、ストレートに現実を見れなくなっているのか、そしほぼ半数の会員が、こうした問題意識で投票行動に及ばないのか――。そのことを、まず考えなければいけないところに来ている日弁連の現実があるように思えてなりません。


    カルロス・ゴーン被告人の国外逃亡と日本の刑事司法について、自由なご意見をお聞かせ下さい。司法ウオッチ「ニュースご意見板」http://shihouwatch.com/archives/8373

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    弁護士会が登場させる「市民」

     日弁連・弁護士会が掲げる「市民」という言葉に、最近、反発や違和感を口にする弁護士会員を見かけるようになりました。ネットでは「市民ガー」といった、そうした弁護士会の姿勢を揶揄するような取り上げ方もされています。

     日弁連・弁護士会がこの言葉を登場させるのは、おおよそ「市民のため」か、「市民の信頼」という文脈です。自らが市民の「ために」活動している、という、外向けのアピールか、それによって得る、市民の信頼が会存立の基礎だと言う、外向けアピールであるとともに、会員の自覚を促すという意味では、内向きのアピールともいえます。

     ある時期から、日弁連・弁護士会は、彼らが牙城としてきた弁護士自治も、市民の理解、信頼を基盤に考えるということを強調し出しましたし、この司法「改革」も、「市民のため」を旗印にしました。

     しかし、今、会内に見られる、「市民」という言葉の用法(あるいは使い所)への違和感は、「改革」を含めて、日弁連・弁護士会が、この「市民」という存在)について、ある点をあいまいにしてきたツケではないか、と思えるのてす。

     「市民のため」に活動し、「市民」の信頼を基盤とする。この社会で、この発想そのものに異を唱える人はほとんどいないと思います。しかし、弁護士・会の役割からすれば、簡単に割り切れない面があります。かつて弁護士自治の「基盤」をどこに置くかをめぐり、弁護士会内でも議論になったことですが、この「市民」が社会の「多数派市民」を当然に指すのであれば、この仕事と会の役割とは齟齬が生じるからです。その議論では、弁護士自治の「市民」基盤を強調すれば、それを「多数派市民」の理解と解釈される形で、逆に弁護士・会活動への攻撃に利用されかねない、という懸念論も会内から出されました。(「『多数派市民』と自治をめぐる弁護士会のスタンス」 「『国民的基盤』論の危い匂い」)

     刑事事件で弁護士は、時に社会的に孤立し、既にメディアによって「犯罪者」のように扱われている、「多数派市民」を敵に回した被疑者・被告人の側に立つこともあります。また、刑事事件は、「多数派市民」自身にはほとんど一生かかわらない、我がことに置き換えにくい、無関心でもおかしくない分野です。

     それを前提にすれば、弁護士・会の立場からの主張は、「市民」の意識に響かないだけでなく、逆に敵視されるかもしれない。弁護士は、「なぜ、あんな犯罪者の味方をするのか」という目線を当然に向けられる。かつて「弁護士は人権侵害被害者・弱者と同じ立場に立つことを覚悟しなければならない」と語った人権派弁護士がいましたが、まさに、弁護士は本来的にそういう覚悟のうえに成り立つ仕事といわなければなりません。

     かつて弁護士・会が今より「反権力」とか「在野性」を前面に出していた時代に、それを批判的に取り上げる論調のなかでは、決まってそこで登場する市民を、あえて「市民」(カギカッコ付き市民)、要は一般の多数派市民を指していない、特定のシンパのような存在であるとする表現がみられました。ただ、実は前記弁護士・会の役割を考えれば、その市民が「多数派市民」でないことは何もおかしなことではないのです。

     もう一つ、会員の違和感につながっているのは、前記二つの文脈が弁護士という仕事に対する、市民(あるいは社会)の「期待(感)」という要素と絡めて、弁護士会主導層によって、ご都合主義的ともいえる形で繰り出されているようにとれる現実があることです。「市民のため」が繰り出せれる場面では、「改革」の増員論がそもそもそうであったように、潜在的に弁護士に大きな期待感をもった多数の「市民」の存在が描かれます。一方、「市民の信頼」が持ち出される場面の「市民」は、弁護士・会への信頼が危うくしかねない存在として強調される傾向にあります。

     とりわけ、弁護士会の内向きの対会員アピールでいえば、公益活動といった無償性の高いものを会員に求めたり、訴えるときは、市民の「期待感」が強調され、先般の依頼者見舞金制度といった会員に経済的負担を求めるような場面では、「弁護士自治堅持」が、葵の印籠か錦旗のように持ち出せされながら、後者の形となる。

     しかし、「改革」は、むしろ個々の弁護士にとって、現実がどちらの形も実感できないこと、別の言い方をすれば、極めて疑わしいものであることをはっきりさせてしまったようにとれるのです。「改革」が想定したほど、有償ニーズがない現実、法テラスなどでの処遇の実態は、おカネを投入するほどには弁護士という仕事に「期待」していない「市民」や社会の存在を浮き立たせた。その一方で、弁護士が経済的に持ち出すことによって、支えられる「信頼」がどれほどのものなのかも実感できない――。

     有り体にいってしまえば、要するにこれらは「市民」に対する弁護士・会の「片思い」ではないか、という疑念といってもいいと思います。ある時には「求められている」ことの自覚を促す形で、ある時には「失う」ことの脅威が強調される形で、「市民」は登場してくるけど、本当の「市民」目線は、どうもそのどちらとも違うのではないか、と。

     もちろん、弁護士・会が、その使命に関わるテーマや、社会に影響を及ぼす「改革」の負の影響について、市民に訴え、賛同を求めること自体が間違いということでは決してありません。しかし、今回の「改革」によって、弁護士会が向き合う「市民」という存在は、会員にとってより分かりにくいものになった。それだけに、どういう市民が弁護士・会を本当に必要としているのか、そして、どういう形ならば、どの程度の期待に現実的にこたえられるのか(逆に何が担保されなければ、こたえられないのか)、いわば等身大の社会の期待感と、等身大の弁護士の可能性が、もう一度、直視されるべきではないでしょうか。

     真っ最中の日弁連会長選挙選で、候補者たちの主張のなかにも、ところどころ「市民」が登場しています。それが何を意味しているとみるべきか、まず、そこは考える必要がありそうです。


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    「改革」が変えた日弁連会長選挙

     日弁連会長選挙には、かつてはっきりとした二つの特徴がありました。一つは長老支配や大都市弁護士会の会派(派閥)の力を背景とした、いわば「上から」の選挙が行われること。大票田である大都市の弁護士会では派閥が票を固め、地方にあっては長老弁護士の、いわばネットワークで票が束ねられていた。結果、ある意味、かっちりと東京三弁護士会と大阪弁護士会出身の、会長経験者らのほぼ持ち回り体制が、それらによって支えられていた。

     今の司法改革が論議され始めた30年くらい前までには、既に以前のような長老支配は姿を消していたようにみえましたが、会派はその後も、選挙や弁護士会の議決に際し、それなりの影響力を維持してきたといえます。

     そして、もう一つは、今思えば、およそ政策的な論争が行われるような選挙ではなかった、ということです。候補者の掲げる政策は、まるで会務報告を見ているように、網羅的かつ総花的で、明らかにいかに日弁連の現状の活動に目配りしているのか、これまでの活動を踏襲しているかをアピールするもの。要はその目配りによって、支持者を集める形だけで、楽に勝ち切れる選挙でもあったということです。

     よく選挙公報の候補者の主張を見比べ、それこそ網羅的・総花的な意味での「完成度」を見ただけで、次の当選者は予想がつくなどということが言われていたりもしました。その結果として、候補者が普段会内のイメージとしてあまり積極的な活動していないような分野への発言が、選挙対策として行われることにもなります。さらに弁護士会の選挙にあっては、人権派や革新系の陣営の票を押さえなければ苦戦する、という事情もあって、そのため前記のような選挙対策的発言によって、「にわか人権派」と陰で揶揄されるような、候補者の姿を見ることもありました。

     日弁連・弁護士会の選挙は、かつては政治家をして「永田町よりギラギラしている」と言わしめるような、知的職能集団のイメージではない一面をのぞかせるものとされていました。しかし、逆に前記してきたような形で勝ち負けになってしまうということだけをとれば、およそ「民主的」といえるかは疑問ながら、今にしてみれば、のどかな「村選挙」をやってきたように思えます。

     それを基本的にぐらつかせることになった一つの要因が、司法改革の結果であったというのは、その旗振りを積極的に行い、それを踏襲する形となった「主流」派とその系譜の弁護士たちにとっては、ある意味、皮肉な結果だったかもしれません。司法改革路線は、これまでの弁護士会にはなかったような、会を割る争点と、野党勢力のような反「改革」派の系譜を生み出しました。

     それまでのように対立候補の勢力が選挙ごとに基本的に姿を消していくのではなく、次の選挙にも「改革」路線の是非は争点として引き継がれ、また対立候補が現れる。会派が集票マシンとして機能し、結果的に「主流」派を勝利に導いても、前記争点そのものは消えず、延々とその対立が選挙で闘われるという形は、それまでの日弁連が経験したことがないことでした。

     2000年から2年ごと5期連続で、反「改革」派として日弁連会長選挙に立候補した高山俊吉弁護士は、当選こそできなかったものの、「主流」派候補獲得票の半数に及ぶ固定票を毎回獲得し、2008年の選挙では、全候補者獲得票の4割以上を占めるまでに至りました。そして、その次の2010年の選挙で、遂に宇都宮健児弁護士が、「主流」派候補を破り当選、2年間会長の座につきました。しかし、2年後の2012年に「主流」派候補に奪還され、現在に至ります。

     「改革」がもたらした弁護士激増による、大都市会での会派非所属会員の増加は、会派の集票力、拘束力に陰りをもたらすとともに、経済的な激変によって、個々の会員にあっては、より業務への関心が強まった。その結果、強制加入団体を「規制」ととらえる見方とともに、会運営に厳しい目が向けられ始めます。増員政策、法科大学院制度、給費制打ち切り、法テラスの低報酬といった、既に出ている「改革」の結果への評価や処方箋が、前記反「改革」路線派の系譜以外からも問われることにもなっています。

     今月14日に立候補が締め切られた、次期日弁連会長選挙には、同選挙史上初の5人が立候補し、大混戦も予想されています。系譜的には「主流」派3人、反「主流」派2人で、それぞれに票の割れ方が注目されています(「令和2年度同3年度日弁連会長選挙選挙公報」)。候補者中最多得票と、全国弁護士会の3分の1会(52会中13会)超で最多票獲得という、当選条件との関係で、2010年、2012年選挙のような再投票や再選挙にもつれ込む可能性も言われています。

     とりわけ、5人中東京以外の地方会から3人が出馬、さらに東京の「主流」派は1候補ながら同派が一本化されていないことは、「改革」路線継承のスタンスだけではない、政策の違いで勝負しようとする流れが生まれてきたともいえなくはありません。

     しかし、それが会員に伝わるか、投票行動につながるのかは別問題です。前記反「主流」派が善戦し、宇都宮弁護士が当選した2010年の日弁連会長選挙(再投票)で63.2%あった投票率はほぼ下がり続け、前回2018年選挙では同会長選の通常選挙では最低の40.8%にまで落ち込んでいます(「会長選最低投票率更新が示す日弁連の現実」)。日弁連会長にも、もはや日弁連にも「期待しない」という層が確実に広がっている。これもまた、「改革」の先に生まれてきたものといわなければなりません。

     総花的な政策も、反「改革」だけでも響かない、その層に今、何が響くのか――。それが問われている難しい選挙になります。


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    弁護士会意見表明への内部批判がはらむもの

     大阪弁護士会が12月9日に開いた臨時総会で、死刑制度廃止を政府や国会に求める決議を採択したことに対する異論が、弁護士会内から聞かれます。死刑制度廃止の是非のような、弁護士間でも意見の分かれる案件について、強制加入団体である弁護士会が、多数決に基づいて対外的に意見表明することを問題視する、これまでも聞かれてきた批判的論調です。

     しかも、今回の決議については、弁護士会の民主的な決定プロセスそのものを疑問視する見方も張り付いています。報道にもある通り、会員4624人のうち、出席者は約200人。委任状での採決参加を含め賛成1137票、反対122票、保留・棄権30票で、要するに、問題視する側からすれば、会員間で意見が分かれる案件について、約7割の意思表明がないまま、決せられたことの是非ということになります。

     日弁連・弁護士会の対外的な意思表明をめぐり、これまでも会員から出される、ある意味、おなじみのこうした論調が、何を言いたいのかはもちろん分かります。しかし、一方でこの論調が出される状況にも、正直、違和感を覚えるところがあります。「強制加入団体であるから」、控えるべき、あるまじき、という切り口です。

     何度かここでも取り上げていますが、基本的には司法判断でもあるように、弁護士会の意思表明と個人の思想・信条は、完全に切り離されている、という捉え方ができるからです。逆に言えば、「強制加入団体であるから」、会決定の意思が、会員個人と異なっても仕方がない状況にある、という主張もできるはずなのです。有り体にいえば、弁護士を続けようと思えば、抜けたくても抜けられない団体にいるのだ、という現実をかざすことができるし、そもそも決議主体もそれを前提にしているということも明らかにできるということです(「弁護士会意思表明がはらむ『危機』」 「弁護士会が『政治的』であるということ」)。

     必ずこの論調には、個々の弁護士が顧問先から、「先生も死刑廃止論者ですか」と言われたとか、疑われるといったエピソードが、会員の「実害」としてくっついてきます。確かにそういうこともあるかもしれません。つまり、弁護士会の決定に、一会員の考えが意に反して、同一化、同一視される不利益の主張ということになります。しかし、それは、前記主張によって、あるいはその周知によって解くべき「誤解」ではないでしょうか。 

     弁護士会の決議や執行案件が、会員個人の異論の存在や、意思統一ができないことをもって、意思表明の手続きに乗ってきた多数意見(反対意見が行使されていないという事実もある)をもってしても決せられないということになった場合、死刑問題に限らず弁護士会の弁護士法1条の使命を果たす活動は大きく制約される可能性があります。司法判断にもみられるように、そもそも弁護士個人で達成できない同使命を達成することを弁護士会が背負えばこそ、前記会と一部会員の異論を切り離し、推進できる形を作っているようにもとれます。

     この問題では「政治的」ということが、取り沙汰されます。「政治的」ととれる案件は、それこそ弁護士有志でやればよく、弁護士会の活動にはふさわしくない、という見方が、強制加入団体の「あるまじき」論に被せられます。しかし、「政治的」なことが目的でなくても、「政治的」とされる「人権」にかかわるテーマはあります。「人権」にかかわる問題である時に、それに取り組もうとする弁護士会が「政治的」という批判を浴びる度に、あるいはそれが政治的な団体の主張と方向が同じとされる度に、その都度沈黙する団体で、前記弁護士会の目的は達せられるでしょうか(「金沢弁護士会、特定秘密法反対活動『自粛』という前例」)。

     そう考えると、個人の思想信条と強制加入団体の妥当性に関わる問題といっても、少なくとも解消可能な「誤解」の問題が、こうした弁護士会の存在意義と対等に、「あるまじき」論に被せられること自体が奇妙に思えるのです。

     ただ、それでも弁護士会として配意すべき課題はあると思います。一つは、弁護士会自身による「誤解」解消への努力です。つまり、前記会員の不利益も踏まえ、会員を思想信条的に拘束せず、かつ、全体を必ずしも反映していないという性格を明らかにし、周知することです。一つ一つの執行案件や決議のなかで、表現として残す方法や、決議には文中に賛否の票数を明記する方法も考えられます。要は、一部採決参加会員の賛成多数に基づくこと、違うに考えの会員も存在することが前提であることを確認し、社会に表明することになります。

     もし、それが執行案件の政治的な威力を減退させる、とか、そのために望ましくない、という意見があるとすれば、それは話が別です。それでは、事実をかさ増しして影響力を誇示しているのと同じですし、仮にこのことを明らかにしても、日弁連・弁護士会が意見表明する意味はあるはずです。もちろん、会の執行でも、案件によっては、意思統一が確実に図れる委員会やプロジェクトチーム名義での執行とする、といった方法を、もっと選択肢として検討に加えるという方法もあります。

     そして、もう一つは、いま、なぜ、このことが以前よりも会員間で異論として持ち上がるのか、その背景について、弁護士会主導層が目を向けることです。会も積極的に旗を降った「改革」によって、弁護士の経済環境は激変し、会員弁護士にはかつてのような余裕がない。強制加入団体であればこそ、個々の会員の業務をバックアップする活動への期待はかつてよりも高まっているといえます。帰属意識を支える基盤、その性格がもはやかつてとは違うということです(「『新弁護士会設立構想』ツイッターが意味するもの」)。

     そのことを、弁護士会主導層が自覚することなく、これまで通用したやり方を当たり前のように繰り出すのでは、会員コンセンサスにはたどりつけない。そして、そのことが今、弁護士自治をもっとも脅かすものになることを、彼らは踏まえるべきなのです。


    弁護士自治と弁護士会の強制加入制度の必要性についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4794

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    濫用的懲戒請求への弁護士会姿勢から見えるもの

     東京弁護士会が2016年に発表した「朝鮮学校への適正な補助金交付を求める会長声明」への「賛同」などを理由とした、会員への濫用的懲戒請求について、同会の篠塚力会長は11月19日、弁護士会の立場を明確に表明した声明を発表しました。

     「当会のみならず各弁護士会が発した意見書や会長声明をめぐって、個々の会員が懲戒請求されることは、筋違いと言わざるを得ない。私たちが、各種意見書や会長声明を発するのは、弁護士が人権の擁護と社会正義の実現を使命としていることから、多数決原理の中で決まった立法政策であっても少数者の人権保障の観点から問題があると考える場合である。そのことが懲戒の理由になることはあり得ない」
     「自らの依頼者の人権擁護活動に粉骨砕身尽力している会員が、その活動によって攻撃を受けることは由々しき事態である。弁護士の人権擁護活動が攻撃にさらされれば、人権侵害の救済を自ら求めることができない市民の人権を弁護士が守ることが困難になりかねない」
     「懲戒制度は弁護士自治の根幹をなすものであることを踏まえ、『何人でも』請求できるものとされているが、当然ながら請求者にはその責任が伴う。懲戒請求者の氏名は懲戒請求を受けた会員に反論の機会を与えるために対象会員に開示されるが、当会としては、濫用的懲戒請求の大量発生を踏まえ、必要に応じて本人確認書類の提出を求めるなどの懲戒制度の正常化へ向けた運用の改善を行う予定である」

     同様の弁護士会の声明をめぐり、2017年にブログでの呼びかけに応じたとみられる約13万件に及ぶ大量の懲戒請求が起こされた問題で、各地で対象弁護士が起こした損害賠償請求の中、同会会員の一人が起こした訴訟が10月29日に最高裁の原被告双方上告棄却で終了。懲戒請求者に損害賠償を命じた二審判決が確定したことを受けたものです。

     大量懲戒請求に対して、個々の対象弁護士からの法的手続きによる反撃という形が出でくるなかで、弁護士自治への攻撃ということに着目するのであれば、会員の利益擁護の観点からも、個々の会員の対抗手段に委ねるのではなく、会がもっと前面に出て、会員の盾になるべきではないか、ということを以前書きました(「大量懲戒請求が投げかけた課題」)。

     その意味で今回の声明は、、個々の会員の活動を擁護するという立場から、具体的な運用改善への姿勢を会が示している点で、評価できる内容だと思います。ただ、今回の会長声明は、会の声明や意見書をめぐる、個々の会員についての懲戒請求を「筋違い」としながら、その理由を弁護士会の使命と結び付けた、それら会のアクションの意義を挙げるにとどめています。したがって、会として使命にのっとった正当な活動である以上、それへの「賛同」を会が懲戒対象として取り上げるわけがない、といっているようにとれます。

     しかし、会活動をめぐる個々の会員に対する懲戒請求の「筋違い」をいうのであれば、既に司法判断でも示されているように、そもそも会活動と会員の思想・信条は全く別のものとして、切り離して考えるべきことをここで改めて確認してもよかったのではないか、という気もします。あくまで会の意思としての行動は、必ずしも全会員の思想・信条は背景としていない。したがって、賛同しようが、反対しようが、会活動との関係で見る限り、個々の会員は懲戒対象になり得ない、と(「弁護士会が『政治的』であるということ」)。

     声明は、懲戒制度を自治の根幹であるとして、その濫用、あるいは不正常な運用による影響を懸念する立場にとれます。それはもちろん正論なのですが、一方で、そのこと自体は不当な請求に対する弁護士会の毅然とした姿勢によって、なんとでも克服できることのようにも思えるのです。あえていえば、今、不当懲戒請求よりも、弁護士自治を脅かしているのは、それを現実的に支えている会費問題を含めた、会員コンセンサスの方ではないでしょうか。

     そうだとすれば、今、弁護自治の意義を社会に訴え、その理解を求めることもさることながら、むしろ弁護士自治・強制加入制度の自覚のもとに、内向きに会が会員に対して、何をやっているのか、どういう筋を通して、その活動に賛意あるいは了承を得ているのか、ということが、その存続にとって重要になってきているのではないでしょうか。それは、ある意味、「正当に」、組織として機関決定を経ているかどうかの問題に止まらないというべきなのです。

     声明は、「少数者の人権保障の最後の砦である司法の一翼を担う弁護士として、懲戒制度を正しく運用し、弁護士法の定める使命を全うしていく所存」として、これを締め括っています。会そのものが、かつてのような会員の拠点意識と、それへの暗黙の了承で成り立っていたような時代ではなくなりつつある今、こうしたメッセージだけで、弁護士の意識が束ねられ、異論なく自治が支えられることもない、という自覚もまた、弁護士会主導層には求められているように思えてなりません。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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