日弁連イメージ広告戦略への距離感

     日弁連が新たなイメージ広告となる、広報用CMを制作しました。昨年、ポスターで起用した女優の武井咲さんを登場させた15秒と30秒の2バージョンです。



      「人生何があるか分かりません。
      そんな時、あなたを助けてくれる人はいますか。
      私に笑顔をくれたのは弁護士さんでした」

     どこか東京の丸の内仲通りのようなオフィス街を悠々と歩く武井さんの前に、突然、現れる大きな崖。そこに落ちそうになる武井さんが、大きなひまわりの茎につかまって救われてニッコリ。上記ナレーションを被せた映像としては、ある意味、とてもシンプルです。

     弁護士が市民に身近な存在であることをアピールする狙いは、前回2013年に作成されたCM(「日弁連『フレンドリー』広告の見え方」)と同じですが、印象は大分違います。全国の弁護士を次々に登場させて、「私たちあなたの応援団」とリレーで歌わせた前作には、弁護士界内で言われ続けてきた「敷居が高い」イメージ払しょくのため会員にひと肌脱いでもらった感があります。それに対して、「頼りになる存在」の方を誇張した本作は、ナレーションがいう、振って湧いたトラブルの時に助けてくれるということのイメージ映像で、武井さんの注目度に寄りかかっている感はどうしてもしてしまいます。

     弁護士役の「大きなひまわり」も、ひまわりが弁護士を象徴していることを知らない人にどういう形で伝わるのか、ということもありますが、意地悪な見方をすれば、大胆な映像を使っている割に武井さんの印象ばかりが先に立って、肝心の弁護士の存在を印象付ける部分が弱い感じはします。

     しかし、以前も書きましたが、あくまでイメージ広告は、消費者のなかによいブランドイメージを形成するためのもので、直ちに成果が出せるものではありません。前回も今回も、最終的に「ひまわりお悩み相談」への誘導も図っていますが、そちらへの反響だけで価値をみるのは、この広告の目的の本筋ではありません。

     長く繰り返し流されなければ、効果は期待できない広告ですから、この種の広告は実質的な、あるいは実証的な費用対効果でみたならば出せないという見方まであります。仮にクライアントから効果についてのクレームがあっても、必ず広告代理店からは反復性や、しまいには直接いえるかはともかく、商品そのものの限界という言い訳が用意される。クライアントの発想で、向き不向きがはっきりしてしまう広告ともいえます。

     今回の日弁連のイメージ広告についても、前記「お悩み相談」への誘導を含め、「会費を使うだけの効果があるのか」といった不満の声が、はやくも会内から聞こえてきますが、そもそもその種の不満が出る主体が出す(出せる)広告ではない、といわなければなりません。

     ところで、一旦手段としての広告から目を離して考えると、弁護士は、今、どういうイメージを社会に形成すべきなのでしょうか。日弁連の広告戦略では、一貫して形成すべきイメージは「身近で頼りがいのある相談相手」です。それは前回にしても今回にしても、市民のなかにある種の固定観念があることや、常に本当の弁護士を知らない層の存在を前提として、そこをターゲットにアピールされてきたといえます。そこには需要開拓という発想も結び付けやすい。

     しかし、今、弁護士が直面しているのは、そこだけでしょうか。例えば、増員政策による経済的な激変に伴う弁護士のイメージ変化――依頼者のカネに手をつける型の横領事案の報道で必ず背景として伝えられる、その変化が生み出した正義に反するイメージ、ビジネス化がもたらした拝金的なイメージ、さらに逆にサービス業化のなかで足かせになる、無償性や採算性を追求することに対する誤ったイメージ。

     弁護士会は業界団体として、もっと弁護士が個人事業主であることをアピールしてほしい、という声まで会内にはあります。「普通の」個人事業主でありなから、普通ではない使命や期待を背負う仕事であること。弁護士の自覚として受けとめるべきところと、それでも「普通の」を理解してもらわなければできないことがある、というところに、イメージの問題を含めて弁護士の難しい現実があります。

     では、それを広告という手段でなんとかできるのか、といわれれば、それはそれで簡単にはいかないとは思います。その意味では、効果はともかく、日弁連は広報活動として、少しでもできることをやっている、あるいはあえていえば、何もやらないわけにもいかないからやっている、という見方もできるかもしれません。

     ただ、前記弁護士が抱えている現実を考えると、会費から高い費用を使い、女優まで投入する日弁連の熱意に反し、「身近」ばかりを打ち出す、そのイメージ戦略は、その効果や狙い以前に、会員の気持ちからは離れつつあるようにみえます。


    今、必要とされる弁護士についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4806

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    スポンサーサイト

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    発言する日弁連の不安要因

     日弁連・弁護士会の活動は、これまでもしばしば「政治的」という批判を浴びてきました。国家秘密法、慰安婦問題、憲法、死刑などというテーマへの関与が、強制加入団体という性格と絡めて、会の外からも内からも問題視されることもしばしばありました。しかし、これまで日弁連は、こうした問題を「人権問題」であるという一点で、会員を束ね、活動してきたといえます。少なくとも、会員の意思決定機関での多数が形成されてきたのは、まさにその一点でのコンセンサスといっていいと思います。

     日弁連が強制加入でありながら、弁護士の連合体として、個々の弁護士が担った人権擁護の使命を社会的に全うする人権団体であるのならば、それは時に「政治的」という批判を乗り越えなければ、成し遂げられない役割を宿命的に背負っているということを意味します。在野の法律専門家集団として、人権擁護団体として、「政治的」との批判を受けとめても超然として発言しなければならないという、自覚のもとに、言うべきことは言う立場になります(「弁護士会が『政治的』であるということ」)。

     前記会内コンセンサスについて、弁護士のなかにもさまざまな捉え方があります。あたかも積極的にこれを支持してきたわけではなく、強制加入であるがゆえに渋々付き合ってきたかのようにいう会員もいます。総会などでの意思決定にしても、賛成票の全体に占める割合から、サイレントマジョリティの意思を違うように解釈する見方も付きまとってきました。

     弁護士であるならばなおさらのこと、意思表明の機会が与えられている以上、そうした主張には限界があることも多くの人は理解しています。ただ、これが暗黙の了解であったかどうか以前に、少なくともそれに参加し、賛成に挙手した会員の意識としても、こうした案件が必ずしも「政治的でない」という理解ではなく、「政治的であったとしても、これはいうべき」という判断であると理解してきました。強制加入団体であるという会の実態があったとしても、この判断に基づく使命感が優先されるという、一応の会員コンセンサスがあって日弁連・弁護士会は進んでこられたように見えます。会員の思想信条と切り離し、個々会員に特定意見で拘束していないということを前提とした、国家秘密法反対運動をめぐる司法判断(「弁護士会意思表明がはらむ『危機』」)の立場のうえに、やってこられたといっていいと思います。

     マスコミも注目した日弁連として初の死刑廃止宣言は、人権擁護大会で出席会員のほぼ7割に当たる546人の賛成、96人の反対で可決、採択されました。この対立図式だけみれば、ここまで書いてきたこれまでの日弁連の「政治的」活動批判を乗り越えてきた歴史を、そのままあてはめられるのかもしれません。ただ、今回、気になるのは、むしろ144人という約2割に当たる棄権票です。この中身をどうみるかは、さまざまな意見があるかもしれませんが、少なくとも死刑廃止への賛成、反対以前に、ここで日弁連がこの件での意見表明をすることについて、躊躇した、抵抗を覚えた会員がこれだけいた。反対票と合わせれば、出席会員の三分の一のコンセンサスは得られていないという現実です。

     特に死刑廃止に向けた宣言は、民意や犯罪被害者遺族への配慮を考えた会員もいたかもしれません。ただ、その人については、たとえ多数派民意に反しても、日弁連が「言わなければならない」案件ではなかった、ということになります。

     結果からみれば、今回もこれまで通りに前に進めることができたようにはみえます。しかし、日弁連の内部体質は確実に変わっている。それは、日弁連が強制加入団体として直結しているはずの業者団体としての立場に対して、会員の要求が高まっているという現実があるからです。

     「日弁連は会員を守っているのか」。こういう声が最近、会内から異口同音に聞かれます。日弁連も支持、推進した「改革」の増員政策がもたらした弁護士の経済的異変。そのなかで法テラスをはじめ、弁護士が安く使われる枠組みばかりに日弁連が肩入れし、一貫して、会員の業務に「有利」になるような活動をしていない、という不満です。会員の犠牲を強いているという見方だけではなく、会活動や人権擁護の基盤となる個々の会員の生活の安定化を軽視しているととれる現実によって、弁護士会から会員の気持ちが離れてはじめているということなのです。

     10年間で10倍にも増えてきている組織内弁護士の傾向を日弁連は歓迎し、弁護士の活動の場として、今後も期待しています。ただ、そこで働く彼らのなかからは、従来型の日弁連の「言うべきことは言う」スタイルに対して危惧する見方が出始めています。いかに人権問題であったとしても、その弁護士が所属する企業や自治体が「政治的」と判断した場合、どうなるのか。弁護士会費を負担している弁護士雇用企業が、これを「政治的」活動への拠出と判断したならばどうするのか。案件によっては、その日弁連のアクションが、事案にかかわる所属企業体との関係で、利益相反になる場合もあるのではないか、その場合所属弁護士の立場はどうなるのか(「Schulze BLOG」)。

     これは、これまでのように、前記捉え方で、会は会、個々の弁護士は個々の弁護士で、活動の性格を切り離せない事情が存在しはじめていることを意味します。日弁連主導層は歓迎する組織内弁護士増加の先に、その点までの危機感を果たしてもっているのか、という話にもなるのです。

     日弁連・弁護士会主導層は、その使命に基づき、これからもこれまでのようにすべきであるし、それができると思っているかもしれません。しかし、それが、あるいはこの国の「人権」にとって重要な意味を持っていると自覚しているのであれば、なおさらのこと、それが続けられる環境を足元から崩し始めている「改革」の影響を、もっと深刻に受け止めなければならないはずです。


    「依頼者保護給付金制度」についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/7275

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    会員離反への日弁連執行部の感性

     日弁連いう組織の在り方にかかわる、日弁連の二つの動きが、今、会内で話題になっています。一つは、ここでも既に取り上げた、弁護士が高齢者など依頼者の金銭を着服した事案について、日弁連が被害者に一定額を支払うという、日弁連が導入を検討している「依頼者保護給付金制度」(「『依頼者保護給付金制度』をめぐる不透明感」  「弁護士横領事案、『連帯責任』の受けとめ方」)。 もう一つは、日弁連が10月の人権擁護大会で採択を目指している、初めて死刑廃止を明確に打ち出す宣言案です。

     全く内容的には異なる日弁連の対外的な、この二つのアクションが、今なぜ、その組織の在り方にかかわる問題として受けとめられているのか――。それを一言でいえば、会員のコンセンサスの問題ということになります。片や既に書いたように不祥事抑止の効果が見えないまま、一部弁護士の故意犯の被害にまで、会費から見舞金を拠出するという会員連帯責任制ととれるものの妥当性、片や存廃に多様な意見がある死刑制度について、日弁連全会員が「反対」を表明したかのようにとられかねない宣言採択の妥当性についてです。むろん、これらの妥当性が共通して照らし合わせようとしているものは、強制加入団体としての在り方です。

     前者のアクションには、弁護士自治への責任や、その批判への脅威。つまり、日弁連の監督責任がとわれ、自主懲戒権を持つ団体の適正が問われるという恐れが背景にあります。ただ、ある意味、問題は多くの会員も、あるいは執行部も、これを本音で取りきれる責任と思っていないととれるところです。常に、弁護士自治がはく奪される脅威から、何かをやらなければならせないということに背中を押されるように、引き受けられないことを引き受けていないか、という疑問です。一個人の犯罪的行為とみれば、引き受けるべきでなく、むしろ弁護士自治の必要性とは切り離すべきで、むしろヤブヘビなことをやっているという見方もできるからです。そもそも不祥事が弁護士自治の基盤を掘り崩すという「常識」自体に、論理の飛躍があるという意見もあります(花水木法律事務所ブログ「弁護士による不祥事と『弁護士自治』との関係について」)。

     日弁連は2001年に、弁護士自治の基盤を「市民の理解と支持」に求める決議を採択していますが、それ以降、むしろその「市民の理解と支持」に目を奪われ、弁護士自治の本来的な存在意義を主張する姿勢を弱めてきたようにもとれます(「『国民的基盤』に立つ弁護士会の行方」)。「市民の理解と支持」が必要であっても、もはや弁護士自治批判を恐れるあまり、結局は理解にも支持にもつながらないことに、日弁連は手を出そうとしているように見えるということなのです。

     一方、死刑廃止宣言は、これまでも度々日弁連が直面して来た会員の思想信条と強制加入制度の問題にかかわります。単純な対立構造として描くこともできます。つまり、死刑問題を人権問題であるとした時点で、これを取り上げるのは弁護士共通使命であるといえ、日弁連・弁護士会は組織としての意見表明ができるという見方と、強制加入団体である以上、その内容において個々の会員に対立的な意見がある場合、それを考慮して日弁連は対外的な意見表明を控えるべきだ、という見方です。

     しかし、これについては、同様の案件で裁判上の決着がついています。1992年の国家秘密法反対決議無効訴訟での東京地高裁の判決に基づけば、弁護士法1条の目的の実現という範囲においては、会の意思表明・活動には正当性があり、およそその範囲内では、特定意見を会員に強制している事実はなく、会員の思想・良心の自由の問題を完全に切り離して、会の行為の正当性が認められるという判断です(「弁護士会意思表明がはらむ『危機』」)。

     おそらく日弁連執行部は、基本的にこの考え方に従うと考えられます。つまり、たとえ死刑廃止を組織として掲げても、個々の会員にその意見を強制していないのだと。逆に言うと、日弁連の対外的表明は、弁護士が全員加入している組織でありながら、必ずしも総意ではない、ということを大前提にしているということなります。

     会内対立案件については、あくまで日弁連ではなく、有志であることが分かる形で発表すべき、という声が、反対・慎重派には以前から聞かれます。日弁連という組織が、その名前で一丸となることの意義を強調する意見は会内に根強くありますが、実質総意ではないということを前提とするならば、「有志」としないことの不誠実さを問われる余地は出できます。

     もちろん、人権大会で会員の議決を経ているということをもってして、会員多数の支持という線引きをしているということも主張されるとは思います。ただ、総意を擬制しているというような形の決着がふさわしいかは、案件によって会員の捉え方が違う現実は存在しています。

     しかし、今回の二つのアクションに対して共通する批判的な目線が向けられているのは、別の言い方をすれば、日弁連執行部の感性の問題ともいえるようにとれます。日弁連執行部は、なぜ今、会内を分裂させる案件を平気で進めようとするのか、と。それは、いうまでなく、この二つのテーマが強制加入団体としての妥当性というテーマでつながり、そこからの会員の精神的離反の引き金になる要素をもっているからです。いわば、弁護士自治の外部批判に脅威しながら、内部崩壊には極めて楽観的にとれる姿勢が、今の日弁連執行部にあるということなのです。

     会内批判があれば、常に対外的に日弁連が沈黙するということが、望ましい形とは思えず、前記司法判断の割り切り方も、一定の意味はあると思っています。ただ、日弁連は会員の離反という、もう一つの深刻な現実を、今こそ直視しなければなりません。そして、もし、日弁連執行部とその支持者のなかに、かつて通用していたことが現実に通用しなくなってきた、という認識が芽生えないのであれば、一体、何が会員意識を変え、そして何を取り戻さなければならないのかという、根本的で最も重要な認識にもたどりつけないまま、弁護士自治は崩れていくことになるはずです。


    「依頼者保護給付金制度」についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/7275

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ
     

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    「依頼者保護給付金制度」をめぐる不透明感 

     弁護士会内から異論も出ている、弁護士による高齢者や依頼者の金銭を着服する形の横領事案について、被害者に一定額を支払うという日弁連の救済制度が、「依頼者保護給付金制度」という名称で、既に創設決定というニュアンスで報じられています。これを1面トップで報じた8月23日付け朝日新聞朝刊は、こう書いています。

     「経営に苦しむ弁護士の増加が背景にあるとみており、『市民の信頼低下を防ぐことが急務』との考えだ」

     この一文は、前記弁護士会内の異論につながる、この制度をめぐる日弁連主導層の不透明な姿勢を記者の意図はともかく、いみじくも表現したといえます。前段の背景とした「経営に苦しむ弁護士の増加」が続く以上、故意犯として発生し続ける可能性があるこの種の事案に対して、こうした後追いの救済策で、「急務」と括られる、弁護士の信頼は回復できるのかどうか――。

     この制度自体は抑止につながらないとみれば、どう考えても「急務」なのは、前段の「背景」をなんとかすること以外ありません。しかも、ゆっくりとこれから、「まだまだある」「掘り起こせる」はずという弁護士のニーズに期待しているヒマもないはずです。

     こうした制度を弁護士自治を根拠にして、つまり不祥事は当然、自治団体の自浄作用の問題となるから、その被害についても責任を負うという建て前のうえに、弁護士全体のイメージダウンにつながる共通の不利益への連帯責任を、会費からの拠出と言う形で会員に負わせる――という発想。そこに会員の当然ともいえる疑問がくすぶっています。しかも、そこまでしなければ維持できない成年後見や自治ならば返上してもかまわない、という意識にまでつながることを、日弁連主導層は前記「背景」からは読み取っていないようにとれるのです(「弁護士横領事案、『連帯責任』の受けとめ方」)。

     日弁連は、今、この制度によって何に対して責任を負おうとしているのでしょうか。自治、強制加入制度がある団体として、こうした弁護士を生み出した、あるいは放置した責任でしょうか。個々の会員の故意犯まで責任を負うということの裏返しとして、こうした弁護士を存在させないことへ責任をどう負いきれるという話なのでしょうか。不祥事に対して、弁護士会は何かをしなければならないというのは理解できても、どうも日弁連・弁護士会の不祥事対策には「自治の建て前上何かしなければならないからやった」という、その先に妙案があるわけでもないととれてしまうような、不透明なものを感じてしまいます(「弁護士不祥事をめぐる自浄能力と自覚」)。

     前記「背景」を生み出し、そしてこうした弁護士をつくり出してしまったことは、まさに「改革」の失敗を意味するととれば、その「改革」の旗を振った人間としての結果責任を負わなければならないはずです。そうだとすれば、現実にこうした弁護士を少しでも生み出さないために、その「背景」にメスをいれることこそが、これから被害にあうことが予想される依頼者の安全を考えれば、根本的かつ「急務」な対策といえないのでしょうか。

     それとも、日弁連はこれからも起こる一部弁護士が故意に引き起こした不祥事に対して、多くのまっとうに業務に向っている弁護士までが連帯して責任を負っている、というところに社会の称賛を期待しているということでしょうか。こうした案件そのものへの対策としても、有効ととれる対策を提案している弁護士もいます(弁護士法人岩田法律事務所コラム)。

     マスコミへのリークも含めて、日弁連主導層には、この制度導入に対して、強い意欲があるということも伝えられています。しかし、まるで会員の状況や声、さらには逆に自治の内なる危機までが、目や耳に入っていないかのように押し進められようとしている、この制度をめぐる不透明感には、彼らが前提として目をつぶっている「改革」路線の不都合な真実があるように思えてなりません。


    弁護士自治・弁護士会の強制加入制度の必要性についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4794

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    会員にとっての弁護士会のメリットと阻外感

     弁護士にとっての弁護士会登録のメリットは何だと思うか、という問いに対して、時々、「『自由と正義』(機関誌)が無料で送られてくること」という答えを真っ先に返してくる弁護士がいます。これは多くの場合、皮肉と読むとるべきことは明らかです。その機関誌の内容についても、実はさまざまな意見は聞こえてきますが(「田舎弁護士の訟廷日誌(四国・愛媛)」)、もちろん毎号楽しみにしている会員がいないとはいえません。そうではなく、ここで皮肉というのは、それくらいしかメリットを感じられないという彼らの実感がそこに込められているととれることです。

     もちろん、弁護士登録のメリットといえば、弁護士として活動できることが真っ先に挙げられていい、という人もいると思います。ただ、それは強制加入を当然のものとする前提であり、前記質問の趣旨が制度的メリットを尋ねたものととるか、それとも実感できるメリットを問われたとみるかの違いといえます。強制加入の必要性という前提がぐらつけば、およそ登録によって弁護士業務ができること自体はメリットではなく、逆に高額会費の徴収が伴う、規制による負担の方が、多くの会員には大きな意味を持つのが現実なのです。

     そのほか弁護士会の研修、人的なつながり、会務そのものに、意義や存在価値を見出す意見もあるでしょうが、残念ながら前記負担というテーマに会員全体の意識が傾き出したととれる、今の弁護士会にあっては、それらを共通のメリットにはできません。むしろ、前記機関誌にしても、この送付を希望者制にして、その分年間1万数千円を日弁連会費から減額できるとすれば、おそらくそれの方が、多くの会員に共通のメリットを実感させることになるように思います。

     弁護士会からの会員意識の離反の背景には、弁護士会主導層との距離感、あるいは阻外感があるようにもとれます。端的に言えば、会員の負担感を含めた実感を弁護士会主導層は、わがこととしてはとらえず、まるで気付いていないかのように、旧来からの弁護士会のスタイルを未来永劫通用するものとして繰り出しているようにとれることに対する感覚です。

     しかも、この実感に直接導いたのは、彼らが旗を振り、いまだに失敗を正面から認めたわけではない「改革」です。まるでやれている人間もいる、といわんばかりに、この点で会員の実感に向き合おうとしない彼らの姿勢に、会員がよそよそしいものを感じるのは当然であり、「改革」路線が会員の犠牲を今現在にいたるまでどのようにとらえているか疑い出すのもまた、当然です。弁護士会が行う「公益」活動の本来的な意義以前に、「それは余裕のある方がどうぞおやりください」とか、「一部ご執心の方々だけが取り組んでいる活動」といった冷めた声が最近多く聞かれるのも、メリットを感じられない自分たちをそっちのけで、延々と事が進められているというような阻外感があるように思えます(「弁護士の『公益性』をめぐる評価とスタンス」)。

     さらに、日弁連会長選の投票率の低下にも、こうした会員の意識傾向は反映しているととれます(「日弁連会長選挙結果から見える現実」)。

     6月30日付け朝日新聞朝刊オピニオン面「論壇時評」で、歴史社会学者の小熊英二氏が、20世紀の政治的枠組みの、21世紀の社会への不適合に関して、次のように指摘しています。

     「20世紀の政党や組織は、グローバル化や格差の拡大で、どこでも力を失っている。だか、政治の制度は20世紀のままだ。結果として、20世紀型の政党や組織が実力以上に有利となり、疎外された人々は無力感と無関心に陥る。そうして投票率が下がると、政治は一部の層に独占され、さらなる無力感と無関心、そして疎外された不満の爆発を生む。いま世界中で、この悪循環が起きている」

     この指摘は、どこか今、弁護士会のなかで起こっていることを連想させます。21世紀の司法の在り方や「市民のため」が強調された弁護士会の「改革」路線のはずが、実は肝心の弁護士会主導層そのものが旧態依然のスタイルのまま、反省することなく、その路線の旗を振り続け、そして、内部に独占と、会員の格差、会そのものへの無力感・無関心を生み出しているような。

     通用しないのであれば、「改革」路線にしても、弁護士会の姿勢にしても過去に縛られず通用する方向に舵を切る――。個々の会員に広がる阻外感に向き合うには、そういう仕切り直しを、弁護士会はどこかで選択しなければならないはずです。


    成立した取り調べの録音・録画を一部義務付ける刑事司法改革関連法についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/7138

    司法改革に疑問を持っている人々ための無料メールマガジン「どうなの司法改革通信」配信中!無料読者登録よろしくお願いします。http://www.mag2.com/m/0001296634.html

    にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
    にほんブログ村

    にほんブログ村 その他生活ブログへ
    にほんブログ村



    人気ブログランキングへ

    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事





    プロフィール

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR