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    「給費制」から遠ざかる日弁連

     給費制の廃止後の6年間、無給での司法修習を余儀なくされた元修習生(新65期~70期、事実上、現在弁護士)を指す言葉として、業界内ではほぼ定着した「谷間世代」という表現への違和感を指摘する声が、業界内の一部にはずっとあります。端的に言って、この表現は、給付制が給費制の完全復活ととらえられ、両制度は別物で、71期以降についても、まだ問題が残っているということをイメージさせない、という指摘です。

     前記したような無給時代を強調するうえで、「谷間」という表現には分かりやすさがあります。また、私も、給付制採用を「事実上」と前置きをして給費制の「復活」と表現しましたが、そこには無給状態が通用しなくなった現実の方を強調する意味合いがありました(「『給費制』復活と『通用しない』論」)。

     言い訳がましくなるかもしれませんが、冒頭の違和感にあるような、前後の両制度が別物で、完全復活ではない、ということを当然の前提としていたつもりですし、私は「谷間」という表現を使う、あるいは給費制を知っている多くの弁護士たちの意識としても、当然でそうであると思っていました。つまり、あくまで新制度は元の地平ではない、と。

     それは、給費制の月額20万円が、給付制では13万5000円であるといった、それこそ分かりやすい額の違いがありますが、それだけではなく、言うまでもなく、そもそも支給される意味が違う、ということでもあります。給付制採用は、あくまで志望者減という状況に、無給状態を継続できなくなった、通用しなくなったというだけで、給費制が長く採用されてきた意味が理解されたわけではないのです。

     弁護士は国家事務を行うものとして必ず統一的な司法修習を、他の法曹二者とともに受け、対等に国家に養成されるというそもそもの意味と、そのことが弁護士の意識を公益につなぎとめてきた意義。甘い見方だったかもしれませんが、あれだけ給費制復活を求めた側として、回復すべき失地として、この点へのこだわりが、まだ弁護士会内には残っていると思っていました。

     事業者として民間にある弁護士の私益性を強調し、裁判官、検察官とはっきりと区別する論調、民間強者の職業訓練は自弁といった論調の前に、前記したような給費制の本来的な意義への理解は後方に押しやられました。そこには、長年社会に形成されてきた弁護士という仕事のイメージが、その区別する論調を跳ね返すものになっていなかったという面もあったかもしれません。しかし、これを跳ね返した向こうに、本来の回復すべき給費制の地平があるはずでした。

     このいわゆる「谷間世代」の救済をめぐる、最近の日弁連内の状況には、その回復すべき給費制の地平から、彼らの意識が、さらに遠く離れてしまったという感を強く持たざるを得ません(弁護士坂野真一の公式ブログ「谷間世代給付金案~続報」「谷間世代給付金案~常議員会で討議の報告」)。会費減額案から20万円給付案へ。そこでは同世代の不平等解消や会として一体性などが取り沙汰され、本質的に国の責任と失策を真正面から問うという話にはならない。しかも、そこを会員が捻出するということの是非へのこだわりは希薄である現実。以前も書いたように、この失策の背景にある司法改革については、日弁連は責任があると思うが、それを認めたうえでの話でももちろんありません(「『谷間世代』救済と志望者処遇の視点」)。

     給付制と関連して法務省が出した制度方針の中の「社会還元」に対しても、日弁連の姿勢には危ういものがありましたが(「『給付制』と『社会還元』をめぐる日弁連の印象」)、もはや日弁連自身が強固な「通用しない論」のなかにいて、それを大前提にして、「谷間世代」問題に向き合おうとしているように見えてしまうのです。

     以前、「給費制は二度死んだ」と言った小林正啓弁護士の、ブログでの指摘の重みを改めて感じます。

     「裁判官・検察官であろうが、弁護士であろうが、『国家事務を行うものである』という点において同一である以上、その育成に等しく国費を投じるべきである、というのが、給費制の精神であった。この精神からは、弁護士の職務は裁判官や検察官と違って公益的ではないとか、弁護士だけが職務以外に社会還元活動をやらなければならないとか、いう結論は絶対に、金輪際出てこないのである」
     「もとより私は、給費制復活に費やした日弁連幹部の努力を否定するつもりはない。しかし彼らが、給費制の復活という目先の目標を獲得するために、給費制の精神を自ら放擲したことは、指摘しなければならない。そして、給費制の精神を放擲したことは、統一修習の精神も放擲したことを意味する。同時に、裁判官や検察官と、本質的に同じ仕事をしているのだという、弁護士の矜持をも打ち砕いた」(花水木法律事務所のブログ)

     この本質論が欠けたところで処遇されなかった「谷間世代」に対して、まさに目先の「救済」を模索しているのが、今の日弁連ではないでしょうか。本来問題は、「救済」ではなく、「清算」である、と言った人がいましたが、初めからそうした発想が出てこないのは、まさにこの現実につながっているととれます。

     今の、日弁連は本来の給費制から、遠く離れつつあります。その距離感は統一修習へのこだわりとの間のそれと一致し、まして法曹一元など、もはやさらにそのずっと向こうに離れてしまったと見なければなりません。


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    「条件付き賛成」という日弁連の選択

     業界内で既に話題になっていた、政府が検討する、法科大学院の在学中に司法試験の受験を認める方向(「法科大学院在学中受験『容認』という末期症状」)について、早くも日弁連は10月24日の理事会で、これに条件付きで賛成することを決定しました(反対9、棄権6、賛成多数)。会員向けのFAXニュースに掲載された、その条件となる「基本的確認事項」なるものの全文が、弁護士ブログで公開されています(「Schulze BLOG」)。

     詳細はお読み頂ければと思いますが、日弁連はこのなかで、この制度変更が「法科大学院を中核とするプロセスとしての法曹養成の理念を損なうものとならないように関係機関への配慮を求める」とともに、法曹養成制度改革全体について、「法曹志望者の多様性を確保するため、法学未修者、社会人及び地方に居住する法曹志望者への教育上の配慮」を求めたうえで、具体的条件として、概ね以下のような点を列挙しています。

     ① 法科大学院修了を司法試験受験資格とすることの原則維持と、在学中受験の例外的位置付け。
     ② 在学中受験をしない法科大学院修了者への現行受験可能期間の確保。
     ③ 在学中合格者の司法修習について、法科大学院修了の条件化。
     ④ 法科大学院教育の充実維持のための、司法試験実施時期についての配慮。
     ⑤ 在学中受験と受験までの法科大学院教育の整合性確保のための司法試験実施時期を含めた内容の検討。
     ⑥ 予備試験制度の目的と法科大学院の教育内容を踏まえた、予備試験の内容等の検討。

     この「基本的確認事項」は、制度変更を検討する政府に対し、日弁連が前記したような賛成をするための条件を突き付けているという形になっていますが、この内容は同時に、会内の法科大学院擁護派のなかの制度変更反対派に向けられていることを強く印象付けるものとなっています。有り体にいえば、法務省に要請文を提出した「Law未来の会」のような立場からの制度変更反対論を強く意識し、この前提的条件化で在学中受験容認賛成の方向で収めようとしているようにとれるのです。

     以前も書いたように、在学中受験許容という「時短化」策で志望者回復を期待する制度改正に向けられた、この制度擁護派内変更反対派の主張は、法科大学院教育修了を司法試験の受験要件にまでしてきた発想、同制度の「理念は正しい」と強弁してきた立場からすれば、ある意味、当然といっていい真っ当なものといえます。

     今回の日弁連の決定で分かることは、要は100%彼ら「理念」忠実派の意見に乗って、制度変更に反対する立場をとらず、条件付きながら、事実上制度変更の、前記「時短化」による志望者回復に期待する側に立ったということです。「基本的確認事項」は、司法試験の内容に手を付けるということを条件として挙げている点で、最も前記擁護派内反対派側の論調に配慮しているようにもとれますが、この方向を、「『ギャップターム問題の解消』に名を借りて、法科大学院制度を廃止に追い込もうとする『策謀』」といった危機感まで示した前記要請文の論調からすれば、この条件での賛成は相当に温度差があるようにとれます。

     しかし、最大の問題は、この条件の内容そのものにあるといわなければなりません。この内容から、現在の日弁連の配慮は、法科大学院本道主義者の異論には向けられていても、より現実を直視した、本質的な制度の失敗を指摘する声には、全く向けられていないととれるからです。

     そもそも今回の決定で、日弁連はまず、「法科大学院を中核とするプロセスとしての法曹養成の理念」を掲げ、制度維持を一も二もなく前提としているわけですが、「法曹志望者の多様性」の確保が、この制度によって成功していないことを直視しておらず、あくまで制度の問題とは見ていません。「法科大学院修了を司法試験受験資格とすることの原則維持と、在学中受験の例外的位置付け」といっても、それを裏打ちするような実績が果たしてこの制度にあるのか、制度はそこまで胸を張れるのか、という視点も全く抜け落ちています。

     もちろん、いうまでもなく、法科大学院教育の現状を肯定し、「整合性確保」といった表現を持ち出して、司法試験や予備試験の方を、法科大学院教育の現状に合わせよ、というのは、盲目的といいたくなるような、存続が自己目的化した制度擁護論以外の何ものでもありません(「法科大学院制度に『肩入れ』する日弁連の見え方」)

     前記会員向けFAXニュースには、理事会での審議模様を伝える一文が掲載されていますが、その中に、日弁連執行部が今回の決定提案に当たり、「情勢を踏まえて、反対意見だけを表明することは日弁連として適切でないと考え、『十分な対応がされない限りは、容易に賛成できない』との取りまとめとしたい」という説明がなされたことが書かれています。執行部の発想のなかにある「反対意見だけを表明すること」が「適切でない」日弁連とは、どういう存在とみるべきでしょうか。提案型へのこだわる日弁連ということでしょうか。

     この「改革」で、日弁連が本質論でなく、情勢論に傾斜して選択した方針は、果たして良い結果につながったのか(「日弁連が『3000人』を受け入れた場面」)――。「改革」の教訓もまた、全く省みられていないという気持ちにさせられます。


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    法科大学院制度に「肩入れ」する日弁連の見え方

     12月1日に日弁連が開催を予定している「司法試験シンポジウム~法科大学院での試験・成績評価との関連を中心に」の内容が、日弁連のホームページに掲載されています。シンポでは法科大学院2年次の時点での学修成果を図る目的の期末試験で、どのような出題形式、分量、内容となっているのかとともに、本年度司法試験の出題形式、分量、内容について分析する、としたうえで、次のように述べています。

     「2年次の成績評価とその後の司法試験の合否との間の相関も分析することを通じて、法科大学院での学修の成果を図るという本来の趣旨に近い司法試験にするには、法律基本科目の学修が終了した時点での法科大学院の学修成果に何を、あるいはどのような内容を加味することが必要なのか、あるいは必要ないのか等、より踏み込んだ検討を行うことも含めて、標記シンポジウムを開催いたします」

     この内容紹介、そしてその内容でのシンポ開催は、法科大学院制度に対する、日弁連の、あるはっきりした方向性を改めて示しているといえます。それは、司法試験合格率で結果を出せない法科大学院サイドから言われている、司法試験を法科大学院の現実的レベルに合せるべきという方向(「新司法試験批判と法科大学院の認識の問題」)に、日弁連が積極的に関与・協力するということにほかなりません。

     それは別の言い方をすれば、一定レベルの修了者を輩出できていない法科大学院側の教育の責任よりも、法科大学院教育の「効果測定」としての現行司法試験の不当性の方を、日弁連は問題視するということです。日弁連は新司法試験開始以来、毎年このシンポで、同試験内容から運営方法まで、その時々の重要課題を取り上げてきていると説明していますから、前記法科大学院サイドからの要求を重視し、まともに向き合おうとしていることは明白です。

     しかし、以前も書いたように、新制度において司法試験が法科大学院教育の「効果測定」の役割を担わされたとはいえ、司法試験には法曹に必要な学識や応用力を判定する目的(司法試験法第1条)があります。資格制度、あるいは法曹養成の本来の役割を考えれば、法科大学院を修了しながら、そのレベルに達していない現実の方を重視し、むしろより関門が厳格に機能することの維持が考えられなければならないはずです。

     ハードルを乗り越えられる選手の養成の在り方を問うのではなく、資格試験でありながら、選手の実力に合わせてハードルを下げる――それに日弁連は加担しようとしていることになります。あえていえば、ハードルを下げなければ、延々と合格率をアップできない、これからも修了者の多くがハードルを越えてこれない、さらにいえば、その現実を抱えて生徒を呼び集められない、という法科大学院制度の実力を、十分に分かったうえで、あるいは見切ったうえでの、加担・協力のようにとられても仕方がないように思います。

     なぜ、そこまで日弁連は、この制度死守に肩入れするのでしょうか。昨年度の同シンポでも、司法試験合格後2~3年程度のモニターに司法試験論文問題を解いてもらい、司法試験の出題について法科大学院での学修の成果を確認するといったアプローチを試みており、弁護士らがかかわる法科大学院「応援団」といっていい、「Law未来の会」周辺の発想と、被って見えます。

     個人的なかかわりでのステークホルダ化から、同会のような「改革」理念心酔派まで、さまざまな肩入れの背景がいわれていますが、すべて現実的な制度の失敗も、その実力も分かったうえで、上げた手を下ろせない「改革」に日弁連が付き合っているのではないか、という見方をし始めている弁護士は、増えているという印象を持っています。

     この問題を自身のブログで取り上げた坂野真一弁護士は、それを次のような一文で締め括っています。

     「どうしてそのような、ド厚かましい法科大学院側に日弁連が尻尾を振って協力する必要があるのか。失敗には誰にでもあるが、失敗を失敗と認められずに現状を維持し続けることはさらに傷を大きくすることであって、賢い選択ではない。いくら導入に賛同してしまったからとはいえ、日弁連も、早く目を覚まして欲しいと思ったりするのである」(「日弁連は、もう、法科大学院とつるむな」)

     制度存続が自己目的化した方向に肩入れする日弁連の行動について、むしろ私たちは、法曹養成について、今、日弁連が本来、やるべきことをやっていないことの方にこだわった目線を持つべきです。 


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    中部弁連大会「ビラ配布」介入事件の深刻さ

     街頭でのビラ配りに対する警察の介入を、「表現の自由」から問題視してきた側だった弁護士(会)が、身内のビラ配りに介入するという、にわかに信じられない事態が発生しました。10月19日に名古屋市で行われた中部弁護士会連合会定期大会で、「ともに日弁連を変えよう!市民のための司法をつくる会」(略称・「変えよう会!」)の設立を目指しているグループのビラ配りに主催者側の弁護士が介入、禁止したというのです。

     関係者によると、同グループは事前に主催者側へ書面による大会への傍聴申請を出していましたが、主催者側からは傍聴許可とともに、会場になったホテルの2階受け付け付近や1階ロビーでのビラ配布の禁止を通告されていました。そのため、当日、グループメンバーは3、4人で、当初、ホテル内の禁止指定場所以外で配布を始めたところ、主催者側にそれも制止されました。

     グループ側は、ホテルの施設管理権もあると考え、ホテル内でのビラ配りを断念し、ホテル前の公道に移って再開しました。問題はここからで、この行為に対しても、主催者側弁護士がやってきて、クレームをつけ、禁止したというのです。

     関係者側の理解では、主催者側から伝えられた理由は、終始、要するに混乱・迷惑の回避だったようです。しかし、気になるのは、ビラの内容との関係です。このグループが設立を目指している「変えよう会!」の主張は文字通り、司法改革関連を含めた現在の日弁連の方向性や在り方を根本的に問い直すことを訴えるものだからです。司法試験合格者1000人以下、法科大学院修了の司法試験資格要件からの除外、給費制完全復活と「谷間世代」への国の是正措置、法テラス報酬・実費引き上げと返還免除拡大、日弁連重要政策の民主的決定など、日弁連・弁護士会主導層がにわかに首を縦に振らないような内容をスローガンに掲げており、それがそのまま今回のビラで訴えられていたのです。

     もちろん、今回の禁止措置が、こうした彼らの訴える内容に関わるなどという説明が、主催者側からされているわけではなく、今後もほぼ確実にそう説明されることなどはあり得ないでしょう。ただ、同グループは、9月14日の中国地方弁護士大会(山口県)、同月28日の関東弁護士会連合会大会(東京)、10月4、5日の日弁連人権擁護大会(青森県)で同様のビラを配布しており、あるメンバーは、その情報が今回の主催者側に入り、それを踏まえた対応ではないか、と話していました。もちろん、このいずれの大会でも、今回のような事態は発生していません。

     これまでも、日弁連や弁護士会の総会などの会場で、弁護士がビラを配布する姿は当たり前に見られましたし、その内容には当然、当日行われる議事で対立する案件に関わるものや、弁護士会執行部批判に当たるものもありました。しかし、ビラ配りを会場で主催者が制止するという場面はあまり見たことがなく、まして会場外について今回のような対応をしたという話を聞いたことがありません。

     ホテルなど会場側の意向がある場合は、当然、考えられます。しかし、ビラの内容が対立案件であったり、執行部批判であったとしても、会場でビラ配りをしている弁護士に、別の考えの弁護士が詰め寄り、そこで開催を混乱させたり、他の人に迷惑をかけることにつながるまでの、問答や争いになる事態そのものが、想定しにくいといえます。さらに、弁護士が公道で行う一般的なビラ配布に至っては、釈迦に説法みたいな話になりますが、道路交通法77条1項4号の「一般交通に著しい影響を及ぼす行為」に当たるような問題行為になりようがない。まさにそこから先に踏み込んで介入するのは、弁護士がにらみを効かせていい、警察の不当な行為の領域といえます。

     日弁連に一応、これまでの人権擁護大会などでの会員のビラ配りに対する対応について聞いたところ、会場の議事場内では一律禁止、議事場外の会場施設内については、会場の施設管理権者が問題にしない限り禁止しない、会場施設外については全く不問、という、考えてみれば、当たり前のような回答が返ってきました。

     こうしたことをすべて分かったうえで、今回、中部弁連関係の弁護士が、会場外のビラ配布まであえて介入したと考えれば、そこは前記ビラの内容にある彼らの主張に対する、特別な意図も読みとりたくなります。しかし、それをおいたとしても、少なくともここで深刻に考えていいのは、「表現の自由」にかかわるこの行為に介入する弁護士の感性の問題です。どんな主張であれ、これは踏み込めない、いや保障しなければならないという積極的な感性が、今回の事態に全く感じられないのは、どうしたことなのでしょうか。

     岩月浩二弁護士は、この問題を取り上げた自身のブロクで、以下のように厳しく指摘しています。

     「単なる弁護士会内部の内紛にしか見えないかもしれませんが、本質は、弁護士会内の少数意見を圧殺しようとして弁護士会自身が表現の自由を蹂躙した事件です。人権擁護を使命とする弁護士会がたとえ内部の者に対するとはいえ、表現の自由を侵害することを認めてしまえば、そんな弁護士に人権の擁護を期待することができるでしょうか」
     「今回の中部弁護会連合会の対応は、表現の自由についてあまりにも無頓着で、弁護士会連合会幹部らの人権感覚が疑われます。ひいては弁護士倫理にも関わる重大な問題です。日弁連や各弁護士会は、人権の出前授業などをする前に、会の幹部に対する人権教育を早急に徹底すべきです」(「街の弁護士日記」)。

     もちろん、弁護士の多くは、今も今回中部弁連大会で示されたような感性ではないと思いますし、そう信じたいとは思います。しかし、今回の事態が、弁護士(会)のなかで、これまでコアになってきたような感性までが崩れ始めている兆候であるとみると、やはり恐ろしいものを感じます。


    弁護士自治と弁護士会の強制加入制度の必要性についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4794

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    弁護士自治存続をめぐる現実的視点

     司法改革の一環として、弁護士増員政策を受け入れた当時の弁護士会関係者のなかで、その結果が、弁護士自治を内部から揺るがすものになるかもしれないと見抜き、本気で危機感を持った人間は、ほとんどいなかったといっていいと思います。そもそも、増員の影響を楽観視し、ここまで経済的な打撃を受けることが予想できなかったことを考えれば、まさか会員の会費負担感が、自治不要論の引き金になるなど想像ができなくても不思議ではありません。いまや会員のなかで当たり前に語られるようになっている、弁護士自治は、高い会費に見合うかという視点は、およそ「改革」前には一般的なものではなかったといえます。

     いま弁護士自治不要論をめぐる会内世論は、大きく二つの切り口で語られています。一つは、自治の対価としての高い会費の不当性。会費の使い道が、個々の弁護士業務の運営に反映する形になっているとの実感がない。逆に強制加入という縛りのなかで、「自治」のために支払続けるという形に、その「自治」の価値が実感できない会員が増えているということです。従来から言われ続けてきた、権力からの独立という意義を聞いても、「生存」がかかっている弁護士の優先順位としては、説得力がなくなってきているという見方もできます。

     もう一つは、思想・信条との関係での不満。弁護士自治・強制加入という形の弁護士会が、それを支える、というか事実上、逃れられない会員の思想信条を考慮していないという声です。死刑や憲法、安全保障などの日弁連・弁護士会の対外的な意見表明をめぐり、延々と会内でくすぶってきた世論で、そうした意見表明は会でやらずに有志でやるか、それができないならば任意加入にしろという話で、後者であれば、この国に会所属・非所属の弁護士が生まれ、完全弁護士自治ではなくなります。

     もっとも、思想・信条の切り口も、現実的には前記会費負担の問題に置き換えられるものが含まれています。つまり、会費負担がもっと低くなるとか、その使い道が個々の弁護士業務に反映する形であれば、日弁連・弁護士会が前記対外活動を行うことにこだわらない、たとえ自分の思想信条と異なる面があろうとも不問にするという世論も確実に存在するからです(「『新弁護士会設立構想』ツイッターが意味するもの」 「オウム死刑執行への抗議と日弁連の存在意義」l)。

     こうみてくると、弁護士自治・強制加入の内部崩壊を止めるという前提に立つのであれば、その現実的な方向は、既に見えているといえます。つまり、弁護士会が会費減額による会員負担の軽減を含め運営や活動を、会員利益の方向に大きく舵を切るか、それとも、会員の経済的な環境を揺るがしている「改革」を根本的に転換(増員政策の中止など)するか、あるいはその両方か――。

     思想・信条の切り口でこだわっている方々からすれば、強制加入団体としての対外的表明の性格そのものは変わらないのですから、何の解決にもならないことになります。しかし、実はこれまでだって日弁連・弁護士会の、弁護士自治に乗っかったそうした活動は、前記会員の「不問」で成り立ってきた現実が確かに存在しているのです。有り体に言えば、「不問」にできた経済的環境が「改革」によって崩れたという実態は否定できません。

     一番の問題は、弁護士会主導層を含め自治の重要性を強調し、絶対に死守しようとする側が、前記したような状況を理解していない、もしくはあえて直視しようとしないところにあります。さらにいえば、前記「不問」で成り立ってきた自治の現実を前提的に認めたがらない傾向もあるようにみえます。

     延々と、これまで通り、自治は権力から独立する弁護士の活動の生命線であり、それは国民のためのものである(だから、国民から信頼されているとか、国民の信頼に基盤を置いている)といった論法を繰り返すだけでは、どうにもならない、いつか会員も分かってくれる式の話ではない、ということの認識が必要だということです。弁護士自治を強調すれば、ネット上に「自治っておいしいの」と揶揄する、弁護士とみられるコメントが付く現実が、なにを意味しているのかを直視すべきです。
     
     その意味では、冒頭、かつてこの「改革」が選択されたときに、本気で危機感を持った人間がほとんどいなかったと書きましたが、ある意味、「改革」の明らかな結果が出た現在でも、擁護派の側の危機感が足りないということになります(「『弁護士自治』会員不満への向き合い方」)。

     これまでも自治擁護派の弁護士との会話で、このまま自治が全崩壊するくらいならば、極端な話、日弁連をいったん解体し、自治・強制加入を伴った刑事(国賠を含む)弁護士会のような全国組織を立ち上げ、刑事弁護や国賠を手掛ける弁護士だけが登録して、民事弁護士は解放し、なんとかその意義として、最も強調される権力を相手にする刑事弁護士らの独立だけは、そこを最後の牙城として死守する、という発想はあり得るのか、という話を、あえて振ってきました。

     刑事弁護だけが守られればいいという話ではないとか、技術的な問題、さらに決定的なのは、そうなると現在の日弁連から格段に対外的な力が失われる、弱体化する(数は力であり、まとまりこそ力という発想)という意見もあるようですが、多くの場合、そこまでの危機感はなく、そもそも方向として問題外という反応でした。

     それはともかくとしても、これまでの発想が通じない会員が着実に増え、また、それが生まれる環境も変わらないまま、無為無策のまま、弁護士自治の内部崩壊はじわじわと進行していくと思えてならないのです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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