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    弁護士会による報酬上乗せ制度が意味するもの

     障害者の国選弁護の成り手不足に対応して、大阪弁護士会が独自に弁護士の報酬を上乗せする新制度をスタートさせたことが話題になっています(NHK 関西NEWS WEB )。30万円を上限に、障害の特徴に合わせた弁護活動を行ったか審査して、金額を決めて加算するものだそうです。

     背景には、医療や福祉の専門家の意見を参考にしなければならないなど、時間や費用がかかる弁護活動が敬遠されることによる、人材不足があります。また、それと同時に、そうした分野であるだけに、個々の弁護士による対応に大きなバラツキがあることもいわれています。障害者の権利を守るという立場からすれば、弁護士会ができるだけのことをするという発想での、こうした対応は、ある意味、現実的であるともいえますし、会内には全国に広がることを期待する向きもあります。

     ただ、一方で複雑な受けとめ方をする会内の声もあります。本来は国や法テラスが制度化してもいいところを、またぞろ弁護士会員の会費を投入し、なんかとかしようという、典型的な弁護士会による努力依存型のスタイルだからです。もちろん、このスタイルにあっては、必ずといって犠牲的な努力の積み重ねで、前記制度化への道へが開けるという期待感も被せられます。

     しかし、あえていえば、これが仮に全国の弁護士会に広がり、うまく機能すればするほど、皮肉にも「これでよし」「身内のフォローなんだから弁護士会がむしろやるべき」的な社会の反応で片付けられかねない現実もあるのです。

     「自分たちの活動が十分に報酬に反映しない、報われないということへの不満の声がある。担い手を増やすことによって障害のある被疑者・被告のニーズにも応えていく」 

     前記のニュース映像で、同会の担当弁護士はこう語っています。ネット記事では、担い手を増やすことで再犯防止につながるという期待までも紹介されています。しかし、まず、弁護士会の努力によって担い手を増やす、そしてその向こうにいろいろな成果を描き込むという方法に、やはり一番の不安があるといえます。

     やはり根本的な弁護士の経済環境が、まず、正面から問題にされるべきではないでしょうか。かつてより弁護士が採算性にこだわらざるを得ず、そうした手間や時間がかかる案件を手掛けたくても手掛けられない環境が、障害者弁護に限らず、今、生まれていないのかということです。こういう切り口になると、必ず「すべて改革のせいにするな」と言う人がいます。改革以前から、例えは、こうした手間のかかる分野を敬遠する弁護士がいなかったのか、といえば、そうではないかもしれない。ただ、改革の増員政策は、ここでいわれているような、敬遠やバラツキを解消する方向に貢献するものとなったといえません。

     増員による多様性の発想は、結局、こうした弁護士の敬遠や質のバラツキにつながる現実を度外視して、「増やせば、その条件でやる人間も現れる」という楽観論に支えられていたといえないでしょうか。弁護士会の「独自の」努力によって担い手をまず増やす、という方向が、一面で現実的でありながら不安を覚えるのは、やはりその先が見えないからといわなければなりません(「弁護士横領事案、『連帯責任』の受けとめ方」)。

     ちなみに大阪弁の新制度に関して言えば、弁護士職務基本規程49条1項に、弁護士は国選弁護人に選任された事件について、「名目のいかんを問わず」被告人その他の関係者から報酬その他の対価を受領してはならない、とされています。釈迦に説法みたいな話で、当然、大阪弁もこれを踏まえているでしょうし、弁護士会はここでいう「関係者」でもない、ということになるのでしょうが、一面、弁護士会自身がおよそ想定していなかった事態に対する、想定していなかった方法なのではなかったか、という気もしてくるのです。

     「なぜか、弁護士会はできないことをできないと言わずに、無理して引き受ける」。こう語った弁護士がいました。もちろん、「国が制度化するまで放置はできない」という「正義論」は、いつの時にも掲げられ、それが弁護士会のスタイルということになるのかもしれません。しかし、少なくとも、その努力がいつの日か社会に評価され、制度化という形でそれこそ報われるはず、という発想に、ついていけなくなっている会員が確実に増えてきていること、むしろ増やしてしまったことを、もうそろそろ弁護士会主導層は直視すべきだと思えてなりません。


    今、必要とされる弁護士についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4806

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    再投票結果から見る日弁連会長選の現在地

     史上最多の5氏出馬から、上位2氏による再投票にもつれ込んだ日弁連会長選挙の投開票が3月11日に行われ、仙台弁護士会の荒中氏が、第二東京弁護士会の山岸良太氏を破り、当選を果たしました(再投票開票結果仮集計)。1回目の選挙で票差で1800票余り上回り得票でトップながら、最多票獲得会が14会に止まり、当選条件の18会以上での最多票を獲得したい山岸陣営と、28会での最多票を獲得しながら、前記票差を追い上げたい荒陣営。再投票で、票で逆に荒氏が600票余上回り、最多票会で山岸氏は上乗せすることができず、逆に2会を失い12会に止まる形(前回勝利の6会を失い、新たな4会獲得)になりました(「5氏出馬の日弁連会長選から見えたもの」)。

     1回目の他3候補の支持票の流れについて、全体的には明確な形として表れたとまではいえないものの、落選した川上明彦氏が1100票を獲得したお膝元の愛知県弁護士会で、今回、荒氏は700票近い票を獲得し、山岸氏に470票余りの差をつけて勝利。最多票で川上氏が6会を制した中部弁連で、今回荒氏が5会を制しています。全体の獲得票では、荒氏が3200票余を上乗せしたのに対し、山岸氏は800票余増に止まっています。

     投票率は1回目から2.7ポイント下がり、47.2%と低く、50%を超えた会も3会減り38会で、依然多くの会員が再投票に強い関心を示さず、投票行動に及んでいないことを伺わせます。

     一方、こうした結果の中で、荒氏が1986年選挙で当選した神戸弁護士会(現・兵庫県弁護士会)の北山六郎氏以来、二人目の地方会(正確には東京、大阪以外の会)出身で日弁連会長の座についた点が注目され、新聞報道もそこに言及しています。大都市会の長年の会長持ち回りの慣行を破った、あたかも地方会の勝利のように伝えられている面もあります(「日弁連会長選の『慣行』を支えてきた精神」)。

     しかし、日弁連会長選の歴史的評価として、ここは若干疑問点を提示しておく必要があるように思います。一つは、そもそも今回の選挙が、果たして前記結果がイメージさせるような「地方会対大都市会」の構図だけでみれるのかという点です。確かに前記開票結果が示す両氏の対決は、1回目の選挙から地方会最多票で優位に立った荒氏が、2回目でも地方会票の強固な支持を維持したことによる勝利にもとれます。

     しかし、1回目の選挙から最大票田である東京では、山岸氏のお膝元の二弁以外で両氏の獲得票には大きな開きがなく、さらに象徴的なのは再投票で三会のうち、東弁、一弁で同氏が最多票を荒氏に逆転して奪われているということです。また、大阪についても、同氏に対して400票余り差をつけていた山岸氏が、再投票でも辛くも上回ったものの、荒氏に40票差にまで迫られている現実です。

     これは、一面、大都市会での会派による集票能力が、かつてのように機能していない(機能しなかった)結果ととる向きもあるかもしれません。しかし、逆にいうと今回の獲得票でも勝利要因が、会派の支持を含めた大都市会の票固めに依然として、依存している面も伺えます。有り体に言えば、たまたま会派票を含めた大都市会の票が大きく割れる事情が当選者側に味方した。逆にそれがなくして地方会会員が勝利できる土壌が、弁護士会選挙に生まれているとまでは、依然言えないのではないか、ということです。

     その意味では、当時とは事情が変わっているとはいえ、以前書いたように、当選直後には「地方会の勝利」といわれ、未だこれまでの唯一の地方会からの会長当選例として挙げられている、前記1986年選挙の北山氏勝利のときの大都市会派閥事情(東京の対立候補が会派支持をまとめきれなかった)と繋がるものが、依然として存在しているようにもとれるのです(前出「日弁連会長選の『慣行』を支えてきた精神」)。

     最多票獲得という、いわゆる「三分の一ルール」が選挙において、より存在感を示し、大都市会での集票と影響力だけで勝ち切れない選挙になってきている現実は確かにあります。ただ、勝因としてみた場合、今回の会長選挙が「地方会対大都市会」の構図のなかで、地方会が勝利した選挙と単純に括ることにはいささか抵抗があります。

     それに加えて、もう一つ指摘しておかなければならないのは、再投票の両氏の政策的なスタンスという点です。これも以前書いたように、今回の選挙の特徴は、いわゆる「主流派」が割れた選挙である、ということです。「荒氏は実は主流派ど真ん中」という評価を選挙期間中、地方会会員を含めて会内で異口同音に耳にしました。反「主流派」候補が予想外に苦戦し、姿を消した、「主流派」2氏による今回の選挙は、職務基本規程や非弁対策への対応の違いが一部取り沙汰されたものの、法曹人口問題などでかつてのように「改革」路線を挟んだ政策の違いが鮮明とならず、また、地方会会員にとって圧倒的な違いとなって表れる政策が一方から示されていたというわけでもない。

     その意味で、政策的な意味でも地方会勝利としての要因を結び付け難い。有り体にいってしまえば、前記大都市会の事情を重ね合わせても、荒氏は地方会会員としての政策的スタンスが評価されたというよりも、むしろ「主流派」候補として勝利したのではないか、ということです。もちろん、地方会会員のなかには、荒氏が地方会会員である点に期待して1票を投じた人もいると思います。さらにいえば、選挙中話題となった一弁有志による呼びかけで示されたような大都市会「中心主義」への危機感(山岸氏のスタンスや意思とはズレていたとしても)が、荒氏への投票行動につながった面もあるかもしれません。

     しかし、弁護士会内にあって、「主流派」が束ねる力はやはり存在し、そこに大都市会の主導層=会派が厳然と影響力を持っている。決してその意思に反して地方会の勝利があったわけではない。そして、なお半数以上の弁護士は、選挙を通した意思表示には参加していない。「主流派」が乗っかってきた、日弁連会長選挙の慣行を変えるものという意味合いを、果たして今回の選挙結果に見つけることはできるのでしょうか。

     あの時の選挙が、やはりその後の日弁連の選挙を変えた、地方会の勝利だった――。そんな評価が加えられるときが本当に来るのか。少なくとも、その答えが見えてくるのは、もう少し先のことになるように思います。


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    日弁連会長選の「慣行」を支えてきた精神

     日弁連会長選挙で最多得票ととともに、候補者に課せられる全国三分の一以上の弁護士会での最多得票という当選要件(いわゆる三分の一要件)の目的は、地方弁護士会(現実的には東京、大阪以外の全弁護士会)への配慮規定であるようにいわれてきました。1975年に日弁連が、会長の選出方法を代議員による選出から、会員による直線選挙制に改めるに際して、代議員制よりも地方会の発言力が弱まることを懸念する反対論を受けて、会内議論の末、この要件を設けたという経緯があります。

     しかし、この要件の目的が、その後の日弁連会長選挙で実効的に果たされてきたのかといえば、それは疑わしいといわなければなりません。なぜならば、その後の会長選挙では、この要件があっても、結果として代議員制時代にでき上がっていた慣行のまま、長く東京と大阪の弁護士会会員による持ち回りが続くことになったからです。長老支配と大都市の会派(派閥)の力を背景とした「上から」の選挙が、この持ち回り体制を支えてきたと以前も表現しましたが(「『改革』が変えた日弁連会長選挙」)、むしろこの制度を無意味化する、要はあってもなくても結論は同じになる力学が存在してきたことを伺わせるのです。

     以前も書いたように、この要件が機能して再投票(最多票獲得者が三分の一要件を満たせず、最多票会獲得者と再度争う)となった2010年選挙で、宇都宮健児氏が主流派の派閥候補を破るまで、この要件が現実的に前記慣行に対してクギをさすような機能を示したことはありませんでした。そして、1986年選挙で当選した神戸弁護士会(現・兵庫県弁護士会)の北山六郎氏以外、東京・大阪以外の会員が会長席に座ることがなかった現実もまた、前記力学の存在を物語っているというべきです。

     ちなみにその唯一の例外である1986年選挙にしても、北山氏が早々に大阪を含む近畿ブロックをまとめ、実質「大阪枠」で出れる体制が作れたこと、対立候補の東京弁護士会候補について、同弁護士会の会派の支持がたまたま割れたことが、大きな勝因となったという見方もあり、その意味では現実的には派閥選挙や前記慣行を打破した地方会員の勝利といえるかは、評価が分かれるところといえます。

     さて、史上初の5氏出馬となった今回の会長選では、前記2010年、2012年に続き、三度、この要件が慣例・派閥候補の当選にストップをかけ、第二東京弁護士会の山岸良太氏と、仙台弁護士会の荒中氏の間で、再投票にもつれこむこととなっています(「5氏出馬の日弁連会長選から見えたもの」)。そのなかで、今、驚くべき文書が、ネットの弁護士間で話題となっています。元最高裁判事、元日弁連会長を含む第一東京弁護士会会員21人が呼びかけ人有志に名を連ね、2月18日付けで同弁護士会会員に配布された「日弁連会長選挙再投票にあたって」と題された文書です。

     「当会は長年にわたり、東弁、二弁とともに、弁護士会に生じる様々な課題を相互の利害を超えて建設的に協議をし、解決し、連携を保持してきました。日弁連の会務運営についても、東弁、二弁とともに一丸となって、英知を出し合って執行部を支え、当会及び日弁連の社会的評価を築き上げてきました。かかる歴史の下、東京三会には、相互に強い信頼関係・絆があります」
     「この度の日弁連会長選挙にあっては、東京三会及び大阪弁護士会以外の弁護士会所属の会員から日弁連の会長を輩出する意義も考慮する必要があろうかとは思いますが、二弁の会員が団結して長年にわたる悲願を達成しようとし、当会に要請してきていることを重要視すべきではないかと思います」
     「当会は、2022年度(令和4年度)創立100周年を迎えます。この度の日弁連会長選挙にあたっては、日弁連の将来はもちろんのことですが、特に当会の将来を考える必要があります。長い歴史を経て築いてきた東弁、二弁、ひいては大阪弁護士会の多数の会員との信頼関係をより強固なものとし、引き続きこれらの先生方に日弁連の会務に尽力していただき、当会がこうした先生方とともに日弁連の会務運営の中核を担っていくことが肝要と思い、第一東京弁護士会の会員各位に対し、あらためて慎重、冷静な選択と行動を呼びかけさせていただく次第です」

     名指しこそしていないものの、明らかに再投票での山岸氏への投票を会員に促すものです。先日の1回目の投票で、第一東京弁護士会は同氏が最多票を獲得したものの、荒氏にわずか32票差まで迫られる接戦会でした。それとともに、1回目中部ブロックで最多票を固めながら3位で落選した川上明彦氏の支持票が再投票で荒氏に回るといった観測が一部に流れたこともあり、この文書はこうした情勢で、第一東京弁護士会での票固めを企図したとはとれます。

     しかし、会内には選挙戦術として、理解できないという声が強く出ています。最多票を獲得しながら最多票獲得会が14会にとどまった山岸陣営としては、三分の一要件の18会の獲得に全力を挙げなければならず、そのためには地方会の反発を買う文書の内容がネットを通じて流れることも、また、この再投票の戦いが、地方会対大都市会の構図になることも、極めて得策とは思えないからです。この文書発表を山岸陣営がどこまで了解していたのかは分かりませんが、むしろ、この内容は同陣営にとって、利敵行為にならないか、ということなのです。そもそもこの再投票は、主流派二氏の対決であり、必ずしも地方会対大都市会の構図でみるべきではない、という声が地方会会員の中にもあります。

     しかし、このこともさることながら、驚いたのはやはりこの文書の内容です。冒頭にかいた東京、大阪の会長持ち回り慣行を支える、強固な意識が存在していること。日弁連の社会的評価はわれわれが支えてきたという自負とともに、まるで東京、大阪の4会以外眼中にないような姿勢。それ以外の会と日弁連を支えることの何が悪いのか、といいたくなるような「中心主義」をいまだに、ここまで振りかざすのか、と、心底驚きました。

     こうみると、少なくともこの文書が示す精神でみれば、やはり三分の一要件などあってもなくても結果は同じであることが分かります。前記したように実質的に機能しなかったことも、そして現在においても、この要件撤廃への欲求が大都市会に根強くあるとされるのも、何も不思議ではなくなります。

     会派と大弁護士会の「派閥主義」が日弁連という組織に何をもたらし、何をもたらせなくさせてきたのか――。それが正面から問い直される日は、果たしてくるのでしょうか。


    カルロス・ゴーン被告人の国外逃亡と日本の刑事司法について、自由なご意見をお聞かせ下さい。司法ウオッチ「ニュースご意見板」http://shihouwatch.com/archives/8373

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    5氏出馬の日弁連会長選から見えたもの

     史上最多の5氏出馬で注目された日弁連会長選挙は、2月7日の投開票の結果、大方の予想通り、いずれの候補者も当選要件(総得票数が最多で、かつ3分の1の18会以上で最多得票)を満たさず、上位2候補による3月11日の再投票にもつれ込むこととなりました。開票結果仮集計によれば、8724票で最多得票となった第二東京弁護士会の山岸良太氏は、最多得票会が14弁護士会にとどまり、次点で6939票を獲得し、28会で最多得票だった仙台弁護士会の荒中氏との間で再度争われることとになったということです。他3候補の結果は、愛知県弁護士会の川上明彦氏2333票、最多得票会6会、千葉県弁護士会の及川智志氏1889票、同3会、東京弁護士会の武内更一氏が898票、同0会。

     投票率は49.9%で、史上最低だった前回2018年の選挙から9.1ポイント上昇し、過去4回の選挙のなかでは最も高い数値。投票率が50%を超えた会も前回の16会から41会に増えましたが、その一方で、大票田である東京三会、大阪、神奈川県、福岡県の各弁護士会で軒並み50%を下回った結果、全体としては投票率で、依然低いレベルの選挙が続いている印象です。

     いわゆる「主流派」候補から3氏、かつ、会長席の持ち回りが慣例化している東京・大阪以外の地方会から3氏が出馬したことでも異例となった選挙で、会内では早くから「主流派」票の割れ方や、地方会票の流れ方も注目されました。東京と地方の「主流派」2候補の再投票という結果たけをみれば、そのまま大都市会対地方という構図にはなっているといえます(「『改革』が変えた日弁連会長選挙」)。

     数字の上でみれば、両候補にとって、片や最多得票会の4会の上乗せ、片や1800票余りの票差の逆転が、再投票での当選へのハードルになっている格好です。2800票余りの及川・武内両「反主流派」候補の票は、法曹人口減員など、「改革」路線に対する明確な反対への支持を背景としているとみられるだけに、「主流派」2候補の再投票結果を大きく左右するものになるかは微妙。その一方で、所属会の地盤ともいえる中部弁連の6会できっちり最多票を獲得し、1470票を固めた「主流派」の川上氏の支持票の流れが注目される形になっています。

     こうした構図になると、とかく政策そのものの違いよりも、結局、東京の大派閥票をどちらがどう取るか、はたまた次回選挙に向けた恩の「売り買い」が取り沙汰されるのが弁護士会の選挙でもあります。実際にそういう水面下の動きがないとはいえませんが、東京の会派(派閥)関係者のなかでは、「2年後の約束なんて空手形になりかねない」、つまりは当てにはならないということが、ずっと言われています。2年後の選挙の誰が立つか、その時どういう情勢になるかが分からないのは当たり前であり、かつての今よりも派閥や長老主導の持ち回り選挙がかっちりしていた時代でさえ、現にそうであったことを考えれば、いまやどうなんだろうか、という感じはします。

     ただ、それはそれとしても、やはり前記当選へのハードルをなんとか越えなければ再投票での勝利がない両陣営としては、やれることはそれほど多くないだけに、組織的にまとまった票、あるいは、まとまった最多得票会の獲得というところは注目せざるを得ないところのはずです。

     肝心の政策はどうか。各候補が取り上げている若手対策や、会員間で関心が高い職務基本規程改定、非弁対策へのスタンスなどが、選挙期間中話題となり、各候補の違いもネットなどで取り沙汰されました。大都市会対地方会という構図通りの選挙結果のなか、「主流派」内での対決となった選挙だけに、前記構図とは別に、現執行部との政策的な距離、つまりはどちらが現状を継承するか(維持するのか)という観点が、各政策についての現状肯定・否定双方の会員の投票行動に影響する面もあり、特に再投票ではそこも焦点になる可能性があります。

     ただ、その意味でも、今回の選挙結果でどうしても指摘しておかなければならないのは、反「改革」という、「主流派」との決定的で、はっきりとした政策の違いを示しているはずの、「反主流派」候補の、予想以上の苦戦、低調です。

     全候補の獲得票に占める各候補票の割合でみた場合、トップの山岸氏42.0%、荒氏33.4%、川上氏11.2%、及川氏9.1%、武内氏4.3%。「主流派」対「反主流派」の構図でみれば、86.6%対13.4%ということになります。「主流派」から2候補、「反主流派」2候補の4人で争われ、最終的に両派2候補の間で再投票、再選挙にもつれ込んだ2012年選挙(最終的に「反主流派」で初めて前回当選した前会長の宇都宮健児候補が敗北し、「主流派」に会長席を奪還された)時の、最初の投票の結果でみると、獲得票の占有率は、「主流派」57.3%に対し「反主流派」42.7%。両派同一候補一騎打ちの再選挙では、52.7%対47.3%でした。

     弁護士激増政策への賛否、あるいは司法試験合格年1500人と「更なる減員」の検証か、1000人以下への減員か、といった両派で最も先鋭的に対立するはずの政策を、前記票差に重ね合わせてみると、日弁連への「改革」へのスタンスの違いというテーマが、以前のように会長選への会員の投票行動に反映しずらくなっている可能性がうかがえます。もちろん、候補者が違う以上、キャリヤや人柄を投票行動に反映させていることもあります。ただ、武内候補についてみれば、今回は過去3回の出馬で最も票を獲得できず、「反主流派」も2候補に割れたとはいえ、前回2年前から約2200人の有権者会員が増えるなかで、今回、ほぼ2000票を失っており、「反主流派」票として括ってみても、同派は今回60票減らした格好になっています。

     2年前の前回の結果でも、「日弁連会長選挙での『改革』路線を挟んだ会員票の流れの潮目が、決定的に変わった」と書きましたが、さらにその印象は強くなり、選挙結果を見る限り、この対立軸が、少なくとも会長選の勝ち負けにつながる形から、現実はさらに遠のいたようにとれます(「会長選最低投票率更新が示す日弁連の現実」)。

      しかし、この「改革」の失敗、そしてそれを引きずっていることこそが、今の弁護士会と個々の会員の活動に、もっとも影響を及ぼし、足を引っ張っているテーマであることは、動かし難い事実です。

      「(再投票に臨む)日弁連会長候補2人はいずれも弁護士人口増加を業務拡大で吸収するという政策。でも年1500人合格だと、弁護士は年1000人ずつ増加。1人当りの売上が1000万円だとしても、この弁護士増加を吸収するには毎年100億円ずつの業務拡大が必要になるはず。2候補にうかがいたい。ほんとうにそんなことできるの?」

     及川氏は選挙後、自身のツイッターで、こうつぶやきました。この問いかけは、全く正しいと思います。しかし、なぜ、投票行動に及ぶ会員がこういう視点で、ストレートに現実を見れなくなっているのか、そしほぼ半数の会員が、こうした問題意識で投票行動に及ばないのか――。そのことを、まず考えなければいけないところに来ている日弁連の現実があるように思えてなりません。


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    弁護士会が登場させる「市民」

     日弁連・弁護士会が掲げる「市民」という言葉に、最近、反発や違和感を口にする弁護士会員を見かけるようになりました。ネットでは「市民ガー」といった、そうした弁護士会の姿勢を揶揄するような取り上げ方もされています。

     日弁連・弁護士会がこの言葉を登場させるのは、おおよそ「市民のため」か、「市民の信頼」という文脈です。自らが市民の「ために」活動している、という、外向けのアピールか、それによって得る、市民の信頼が会存立の基礎だと言う、外向けアピールであるとともに、会員の自覚を促すという意味では、内向きのアピールともいえます。

     ある時期から、日弁連・弁護士会は、彼らが牙城としてきた弁護士自治も、市民の理解、信頼を基盤に考えるということを強調し出しましたし、この司法「改革」も、「市民のため」を旗印にしました。

     しかし、今、会内に見られる、「市民」という言葉の用法(あるいは使い所)への違和感は、「改革」を含めて、日弁連・弁護士会が、この「市民」という存在)について、ある点をあいまいにしてきたツケではないか、と思えるのてす。

     「市民のため」に活動し、「市民」の信頼を基盤とする。この社会で、この発想そのものに異を唱える人はほとんどいないと思います。しかし、弁護士・会の役割からすれば、簡単に割り切れない面があります。かつて弁護士自治の「基盤」をどこに置くかをめぐり、弁護士会内でも議論になったことですが、この「市民」が社会の「多数派市民」を当然に指すのであれば、この仕事と会の役割とは齟齬が生じるからです。その議論では、弁護士自治の「市民」基盤を強調すれば、それを「多数派市民」の理解と解釈される形で、逆に弁護士・会活動への攻撃に利用されかねない、という懸念論も会内から出されました。(「『多数派市民』と自治をめぐる弁護士会のスタンス」 「『国民的基盤』論の危い匂い」)

     刑事事件で弁護士は、時に社会的に孤立し、既にメディアによって「犯罪者」のように扱われている、「多数派市民」を敵に回した被疑者・被告人の側に立つこともあります。また、刑事事件は、「多数派市民」自身にはほとんど一生かかわらない、我がことに置き換えにくい、無関心でもおかしくない分野です。

     それを前提にすれば、弁護士・会の立場からの主張は、「市民」の意識に響かないだけでなく、逆に敵視されるかもしれない。弁護士は、「なぜ、あんな犯罪者の味方をするのか」という目線を当然に向けられる。かつて「弁護士は人権侵害被害者・弱者と同じ立場に立つことを覚悟しなければならない」と語った人権派弁護士がいましたが、まさに、弁護士は本来的にそういう覚悟のうえに成り立つ仕事といわなければなりません。

     かつて弁護士・会が今より「反権力」とか「在野性」を前面に出していた時代に、それを批判的に取り上げる論調のなかでは、決まってそこで登場する市民を、あえて「市民」(カギカッコ付き市民)、要は一般の多数派市民を指していない、特定のシンパのような存在であるとする表現がみられました。ただ、実は前記弁護士・会の役割を考えれば、その市民が「多数派市民」でないことは何もおかしなことではないのです。

     もう一つ、会員の違和感につながっているのは、前記二つの文脈が弁護士という仕事に対する、市民(あるいは社会)の「期待(感)」という要素と絡めて、弁護士会主導層によって、ご都合主義的ともいえる形で繰り出されているようにとれる現実があることです。「市民のため」が繰り出せれる場面では、「改革」の増員論がそもそもそうであったように、潜在的に弁護士に大きな期待感をもった多数の「市民」の存在が描かれます。一方、「市民の信頼」が持ち出される場面の「市民」は、弁護士・会への信頼が危うくしかねない存在として強調される傾向にあります。

     とりわけ、弁護士会の内向きの対会員アピールでいえば、公益活動といった無償性の高いものを会員に求めたり、訴えるときは、市民の「期待感」が強調され、先般の依頼者見舞金制度といった会員に経済的負担を求めるような場面では、「弁護士自治堅持」が、葵の印籠か錦旗のように持ち出せされながら、後者の形となる。

     しかし、「改革」は、むしろ個々の弁護士にとって、現実がどちらの形も実感できないこと、別の言い方をすれば、極めて疑わしいものであることをはっきりさせてしまったようにとれるのです。「改革」が想定したほど、有償ニーズがない現実、法テラスなどでの処遇の実態は、おカネを投入するほどには弁護士という仕事に「期待」していない「市民」や社会の存在を浮き立たせた。その一方で、弁護士が経済的に持ち出すことによって、支えられる「信頼」がどれほどのものなのかも実感できない――。

     有り体にいってしまえば、要するにこれらは「市民」に対する弁護士・会の「片思い」ではないか、という疑念といってもいいと思います。ある時には「求められている」ことの自覚を促す形で、ある時には「失う」ことの脅威が強調される形で、「市民」は登場してくるけど、本当の「市民」目線は、どうもそのどちらとも違うのではないか、と。

     もちろん、弁護士・会が、その使命に関わるテーマや、社会に影響を及ぼす「改革」の負の影響について、市民に訴え、賛同を求めること自体が間違いということでは決してありません。しかし、今回の「改革」によって、弁護士会が向き合う「市民」という存在は、会員にとってより分かりにくいものになった。それだけに、どういう市民が弁護士・会を本当に必要としているのか、そして、どういう形ならば、どの程度の期待に現実的にこたえられるのか(逆に何が担保されなければ、こたえられないのか)、いわば等身大の社会の期待感と、等身大の弁護士の可能性が、もう一度、直視されるべきではないでしょうか。

     真っ最中の日弁連会長選挙選で、候補者たちの主張のなかにも、ところどころ「市民」が登場しています。それが何を意味しているとみるべきか、まず、そこは考える必要がありそうです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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