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    弁護士「コミュ力」から見える不吉な未来

     最近、弁護士に求められるものとして、業界内でかつてよりも強調されるようになったものに、「コミュ力」(コミュニケーション能力)があります。こう書けば、いや、もともと弁護士は、依頼者とのコミュ力が求められる仕事だという人もいるでしょうし、当然、それを意識してきたという人もいるはずですが、最近のこうした傾向は、「改革」以前は求められなくてもなんとか成立してきたこの仕事が、増員政策によるビジネス化、いわば積極的な顧客獲得が求められる時代になったことで、この能力が業務の安定化に欠かせないものになってきた、という認識が反映しているようにとれます。

     弁護士の中には、このことに関連して、最近では「この業界はこれまで『コミュ障』(コミュニケーション障害)がある人材が目指してきたが、これからはそれも通用しない」という言い方をする人もいます。司法試験という難関を突破したというエリート意識が強かったかつての弁護士と比べれば考えられないことですが、その意味で一般企業に就職できない人が来る世界ということが、より自嘲的に語られるようになっているのです。かつてのような収入が期待できない、安定しない資格になり下がり、法科大学院の経済的負担を含め、いまや「日本一割に合わない資格」といわれていることも、こうした言葉が口を突いて出る背景にあるようにとれます(「資格価値の暴落と『改革』への認識」)。

     かつての弁護士がこの点をどう自覚していたのか、ということは一概にいえない面がありますが、キャリアを上りつめた裁判官へのインタビューでの、なぜ、弁護士を選ばなかったか、という質問の中では、度々、この点に言及されることがありました。つまり、自分には依頼者との関係で弁護士に求められるそうした能力が劣っていると考えたから、と。より裁判官が「なくても成立する」という認識だったということともに、法曹三者のなかではもともとそうした能力が求められるとされながら、それでも今思えば「なくても成立していた」という世界だった、ということになるのかもしれません。

     そうした能力がなくても成立していた時代というのが、依頼者の理解や手続きの適切な進行には好ましくない状態があった、逆に弁護士側からすれば、業務への誤解や果ては「敷居が高い」といわれるようなアクセス障害につながっていた面があるとすれば、「改革」によって、少なくとも弁護士の自覚が促されたというメリットはあったとはいえます。ビジネス化の是非以前の問題ともいえます。

     しかし、最近、現在の若手弁護士と、これからの弁護士・会を考えるうえで、気になる論稿を目にしました。「『コミュ力重視』の若者世代はこうして『野党ぎらい』になっていく」(野口雅弘・成蹊大学教授、現代ビジネス)という一文です。

     現在の若い世代の「野党嫌い」の背景には、そうした世代の「コミュ力」重視がある。空気を読み、フレンドリーな関係を築けることが評価基準となる。「コミュ障」とされる人は会話がすれ違ったり、お互いの言い分が感情的に対立したりして、それを調整するのに骨が折れるような「面倒臭い」事態を招くという扱い。しかし、コミュニケーションの理想が、こうした「コミュ力」とされているものの基準となるならば、ここに野党的なものが存在する余地は全くない――。

     彼はこの「コミュ力」と世界が重なるものとして、政治学者のオットー・キルヒハイマーが指摘した、脱イデオロギー化して、特定の階級や支持層ではなく、幅広い国民的な得票を目指す政党「catch-all party」(「包括政党」)の「こだわり」を持つ人や強く反対する人を忌避する世界を引用して、次のように述べています。

     「『こだわり』を持つことも、『情念』を出すことも禁じられれば、対抗する側(『野党』は英語ではoppositionである)はその分ますます無力になる。おかしいと思う問題に『こだわり』続ければ、『まだやっているのか』と言われ、不正義に憤って大きな声を出せば、『冷静な議論ができない』と言われ、党内で論争しただけで『内ゲバ』と言われる。そして恐ろしいことに、そうしたレッテル貼りには、抗いがたいほどの共感が広がっていく」

     ここに書かれていることは、いろいろ意味で弁護士・会の現実とこれからに被せてみたくなります。それは一つには、こうした感覚の人材がこれから弁護士界にやって来るとすれば(あるいは、こうした感覚からこの世界が選択されないということも考えられますが、逆にこうした感覚で選択された場合)、弁護士という仕事はどうなっていくのか。そして、そうした感覚の会員が圧倒的多数を占めた場合、弁護士会はどうなるのか、ということについてです。

     今の新しい弁護士たちの評価として、確かにかつてよりも依頼者への当たりがよく(というか、他のサービス業と変わらず普通化している)という評価がないわけではありません。そこだけとればプラスにカウントされるかもしれません。  しかし、その一方で、依頼者への説得という「面倒臭い」事態の回避という意味では、気になる現実も報告されています。かつてならば、法的な主張の無理を依頼者に説得したようなケースで、やたらに迎合的な姿勢で依頼者の気持ちをつなげようとする弁護士たちの話です。これは、姿勢や意識の問題である同時に、手間ということだけでなく、本来ならば求められる、説得する能力の穴を、「コミュ力」で埋めてしまう問題といえます。もちろん、これは依頼者にとって、結果的に有り難いとは限らない、危うい状況です(「『ポーズ』弁護士増加の嫌な兆候」 「歓迎できない『従順』弁護士の登場」)。

     「野党嫌い」という話は、そのまま弁護士会の将来像にかかわってくる問題といえます。在野性を強調し、反権力的スタンスをとってきた弁護士スタイルはもちろん、それを必要論のよりどころにしてきた弁護士自治が維持できるかに関わります。問題ある法制度新設、権力犯罪、誤判・再審にいたるまで、在野の法律専門家として、徹底的な反対運動と議論を喚起する「抵抗勢力」としての、まさに野党的な弁護士会の姿はおよそ志向されない未来のように見えます。

     現在の自治不要論を含めた、弁護士会批判は、「改革」が生み出した経済的な問題を背景に、会費の負担軽減をはじめ、反権力姿勢の批判よりも、会員利益を優先しない強制加入会への不満が上回っている観がありますが、前記してきたような若者世代の意識があるとすれば、いずれにしても流れは決定的なものになりかねないようにみえます。

     これがそれこそ、社会的な傾向ならば、どうしようもないじゃないか、という人もいるかもしれません。しかし、前記論稿も政党政治について言及していますが、では、それならばどういうことになるのか、ということだけは、弁護士・会についても冷静に考えておかなければなりません。


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    依頼者からの「自己防衛」

     依頼者の「質」というテーマが、弁護士の中で、かつてより語られるようになっています。とりわけ、これが弁護士側の、いわば「自己防衛」として語られ、それが強調されるようになったとことは、明らかに司法改革が生み出した新たな変化であり、「改革」の副作用といえます(「『厄介な方々』と向き合う弁護士」)。

     最近も、まさに「自己防衛」のためととれる提案をしている弁護士ブログの記述がありました。タイトルは「受任に慎重になるべき場合(弁護士向け)」(「弁護士業務と法律ネタ帳(弁護士大西洋一)」)。ここでブログ氏は、程度によると断ったうえで、弁護士が受任に慎重になったり、受任していても辞任を検討した方がいい依頼者や案件を列挙しています。

     あくまで「弁護士向け」と断っていますが、これは実は利用者市民側も、知っておいていいことのように思います。利用者側からすれば、弁護士の「自己防衛」などと言われれば、あまりいい印象ではないかもしれませんし、一つ間違えれば、またぞろ弁護士の「心得違い」批判につながりかねない面もあります。しかし、逆にこれを理解しておかなければ、依頼者側は不当に拒絶されたという捉え方のままになることも考えられますし、弁護士に対する誤解も晴れず、関係性は変わらないと思えるからです。

     詳細は、是非、お読み頂ければと思いますが、列挙されている項目だけ抜き出すと、次のようになります。

     ・ 偏見が強く、聞く耳を持たず、頑固な相談者。
     ・ 妙に他罰的、妙に被害意識が強すぎ、妙に攻撃的な依頼者。
     ・ 訴訟等の制度の理解を全くしてくれない依頼者。
     ・ コミュニケーションがきちんと取れない依頼者。
     ・ 弁護士費用の見積もりを出したのにすぐ依頼するとの返事が来ない場合。
     ・ こちらが、今は依頼した方がよいタイミングだと言っているのに様子を見ようとする相談者。
     ・ 助言を聞かずに、独自に色々動いて混乱させる依頼者。
     ・ ウソをついている相談者。※積極的なウソに限らず、普通なら説明すべきことを説明しない(=隠し事をしている)場合を含む。
     ・ 普通の弁護士なら依頼を受けても良さそうな事件なのに、他の弁護士が依頼を受けない事件。
     ・ 他の弁護士が降りている(=辞任している)事件。
     ・ 解任を2回以上している相談者。
     ・ 「受けてくれますよね?」と、必死にお願いしてくる相談者の事件。
     ・ すぐに他の弁護士の説明を引き合いに出す相談者。
     ・ 値切ってくる依頼。
     ・ 前回打ち合わせでこちらが言っていないことを前提にしたり、前回の回答を曲解してきたり等、以前の話と今回の話で話がかみ合わないタイプの相談者。
     ・ 事案内容と比例していないレベルで感情が入っている相談者。結果請負を求めてくる依頼。
     ・ 相手を懲らしめたい、相手に意地悪をしたいと述べている依頼者。
     ・ 方針に納得していない依頼者。
     ・ 勝ち目がない事件。
     ・ 法的にあれこれこねくり回した処理の後始末的な事件。
     ・ 顧問弁護士がいる企業なのに顧問弁護士が動いておらず、なぜか自分に相談が来ているような場合。
     ・ 意思決定者(相談案件の方針決定権限のある人)や当事者と打ち合わせできないor打ち合わせしづらい事件の依頼。
     ・ 完全に費用倒れになる事件。
     ・ 形だけ代理人になって欲しいと依頼(紹介)される事件。
     ・ 古い事件。
     ・ 巨額な金銭請求を受けている被告事件。

     結論からいえば、ここに列挙されていることは、業界内で言われていることを、実に的確に網羅していると思います。「古い事件」「巨額な金銭請求」など、これだけみると、一概に問題視できないととらえられてしまうものもありそうですが、何が弁護士にとってリスクなのかは、本文の解説をお読み頂きたいと思います。

     また、依頼者目線で見たときに、依頼者側の責任だけにできず、コミニュケーションを含めた弁護士側の能力にもよる、という見方もあるかもしれません。さらにいえば、同業者のなかにも、あくまで、こちらがプロとして受けとめるべき、という方向で異論を唱える方がいておかしくありませんし、これまでも散々それを割りきって接してきた、という方を強調される方もいそうです。相談者の嘘についても、かつてそれを含めて弁護士は考えよ、と指南したベテランもいました(「弁護士に関する苦情(3)『素人扱いされた』」 「『依頼者の嘘』というテーマ」)

      ただ、それを踏まえたとしても、注目すべきなのは、今、弁護士は、まさにこういう捉え方で、「自己防衛」を考えなければならない、それが現実問題になっているということの方です。

     いくつかの背景があります。一つはネット環境の存在が聞かれます。かつてと違い、依頼者がネットでさまざまな情報が入手できるなかで、中途半端な知識や自分に有利な知識を鵜呑みにしていることが、弁護士への不必要な不信感を招いたり、指南への反発につながっているという面です。医療の分野でも、「グーグル病」などといわれる、ネット情報の鵜呑みに医師が困惑している実態も伝えられていますが(J-CASTニュース)、同様のことが弁護士の利用者にも起こっている、ということになります。

     しかし、このこともさることながら、今、業界からより聞こえてくるのは、弁護士と利用者市民の関係が、この「改革」によって根本的に変わってしまった、ということです。別の言い方をすれば、依頼者側の弁護士に対する目線が変わった、と。増員政策によって、もはや希少な存在ではなくなった弁護士資格の重みがなくなり、その指南への軽視や、欲求の高まりとともに、「弁護士はいくらでも他にいる」といった意識から、自らの希望にこたえられない指南であれば、弁護士を変えればよし、という捉え方が、結局、耳を貸さない利用者を生んでいる、という話です。

     これは、ある意味、皮肉なことかもしれません。この「改革」のなかで、「敷居が高い」と自省的に弁護士がとらえたことも、セカンド・オピニオンも含めて、依頼者が弁護士を選択できる環境が生まれることも、悪いことではないはずだった。しかし、実際に「改革」がもたらしているものは、依頼者と弁護士の関係性として望ましくなく、弁護士は「自己防衛」に行きついている――(「資格価値の暴落と『改革』への認識」)。

     「改革」の影響として付け加えれば、多くの弁護士はただでも経済的余裕がありません。かつてその余裕のなかで受けとめられたことでも、もはや現実問題として受けとめられないこともあり、前記したようなかつてのような、先輩弁護士の割り切り方も、「古き良き時代」の産物ということになっもおかしくありません。この「改革」によって、弁護士と依頼者の関係は、果たしてかつてよりも望ましい、そして両者にとって有り難い向かっているのか、という視点で、弁護士の「自己防衛」を見る必要がありそうです。


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    弁護士「既得権益」批判の「効果」と結末

     弁護士に批判的に被せられてきた「既得権益」というテーマについて、弁護士会内の目線が、最近変わってきたような印象があります。既得権益といえば、一般的には中身としていろいろなものが被せられそうですが、こと弁護士については、特にその「数」の問題に結び付けられてきたという特徴があります。これまでも書いてきたように、弁護士の数が少ない状態が競争を阻害している、いわばその状態を、合格者を絞ることで、維持することが、ひとえに弁護士という資格者本人の利益となり、逆に利用者側の利益を阻害している、という見方です。

     「改革」論議の当初は、正直この見方がぴんとこない弁護士は少なくなかったと思います。数が少ないということは、まさに司法試験という、資格としての厳格な関門の意味につながり、この資格の質を保証する正当性に、当然につながると考えていたからです。自分たちが目指し、突破した関門は、そういうものであり、合格後の生活が有利になるために、不当に難しくなっているなどといわれるのは、おそらく言いがかりに近いと思う意識もあったはずです。

     しかし、これが今回の「改革」論議のなかで、弁護士に向けられた目線や批判の声を知るなかで変化した。つまり、自分たちが当たり前だと思い、自らの能力で獲得したはずの環境が、前記の考え方では世間的に通用しないのではないか、と疑い出したのです。「あれもある」「これもある」式のニーズ論は、弁護士にとって有償・無償の区別なく語られ、増員必要論に被せられました。 ただ、この時点でも、「既得権益」批判に対しては、弁護士の利益誘導や保身につなげて被せられるのは当たらない、と、強硬に反論する弁護士の声も沢山聞きました。

     しかし、従来からの弁護士の感覚は、「改革」論議のなかでは、事実上、上から崩れていったといえます。つまり、弁護士会主導層は、この言葉を直接口にしないものの、この批判のうえに繰り出される増員政策を、早々に「改革の登山口」とまで言った自己改革路線のなかで受けとめ、会員をそちらに牽引する方向を打ち出したからです。前記「通用しない」論に真っ先に染まったのは会主導層であったという言い方もできますが、この結果、多くの会員が、弁護士増員を避けられないものとみるなかで、本音としては釈然としないものを引きずりながら、結果的に「既得権益」批判も一定限度受けとめなければならなくなったように見えました。

     そして、自己批判の季節がやってきました。「弁護士はあぐらをかきすぎた」「恵まれすぎていた」。そして、「改革」の先の時代を前向きに受けとめ、これまでとは違う時代のために、弁護士の新たな努力を呼びかける声が、弁護士会内に強まっていったのです。しかし、現実的なことをいえば、それでもそれはある種の楽観論に支えられていたように思います。要するに、これから増員政策が弁護士の経済環境にもたらす影響の深刻さ、資格価値を根本的に喪失させてしまうまでの影響を、主導層を含め多くの弁護士は想像できていなかったのです。

     そして、今、変化の兆しがあるように見えるのは、まさにその「権益」に対する意識です。それは、ある意味、当たり前すぎることのように見えます。既に会内で大きな比率を占めている「改革」後の新法曹養成制度下で生まれた弁護士たちは、前世代が想定もしなかった、いわば、失われたあとの世界しか知りません。「権益」がもっと確保されてもいい、もっと守られてもいい、という方向で、彼らが考え出したとしても少しも不思議ではありません。自己批判の季節が終わったということかもしれません。

     いくつかの要素を挙げられます。ひとつは弁護士会に対する不満と結び付く点です。強制加入制度で高い会費を徴収しながら、会員の「権益」保護にどれだけ動き、会費が生かされているのかという視点です。資格は永久就職の道ではない、ということが、しきりといわれるなかであっても、経済的にも労力的にも高い投資を経てきた彼らが、「恵まれていない」ことに、直ちに納得できないことは当然です。

     「彼らは覚悟してやってきたはずだ」「自己責任」という声も聞こえてきそうです。しかし、批判を恐れずにいってしまえば、ある意味、「既得権益」と烙印を押された環境も含めて、それがこの資格の「魅力」だったことは否定できません。だからこそ、今、志望者予備軍になるべき人たちが、この世界から遠ざかってきている、といえないでしょうか。生きれられるか、生きられないかではなく、「恵まれていない」ことが問題なのです(「志望者裁定に揺らいだ『改革』路線」 「資格価値の暴落と『改革』への認識」)。

     なぜ、この資格が「既得権益」として恵まれた環境を批判されなければならなかったのか、なぜ、弁護士だけがこんなに厳しく追い詰められているのか――。自己批判の季節が終わったなかにいる弁護士には、そんな疑問すらもたげ出しているようにみえます。

     しかも、現在の状況の直接の原因となっている「数」の問題について、弁護士会は減員方向で舵を切れず、「改革」の増員基調は続いています。弁護士のなかでは、「増やし過ぎた」という同様の増員政策の失敗を抱えた、公認会計士が2009年以降、急速に減員に舵を切り、就職難を解消した「成功例」が度々話題になります。なぜ、私たちの世界はそうはできないのか――。

     その理由として、一つは冒頭の「既得権益」批判とつながる、不足元凶論、保身批判が、弁護士については強固に存在していることが挙げられます。森山文昭弁護士は、最近の著書「変貌する法科大学院と弁護士過剰社会」のなかで、こうした増員論が一種の「イデオロギー」と化した、と表現しています。

     しかし一方で、「改革」は、「既得権益」批判に基づく「改革」の成果を社会に示し切れていません。不当に弁護士が利益を得ていた環境を「改革」が破壊しても、その利が本当に社会に回ってきているのか、それが「市民のため」につながっているのか、実感できないできないことが明らかなった。それがなければ、破壊には意味を感じられない。いうまでもなく、弁護士が経済的に恵まれているかどうかは、妬みやっかみを抜きにすれば、利用者市民には関係ないからです。

     もっといってしまえば、弁護士の拝金化や質の不均衡化と劣化、依頼者の「自己責任」の強調、無償性のニーズに臨める弁護士の実質的減少だけが仮に残るというのであれば、何も有り難いことはない。「改革」によって得られるメリットが上回る、というのでなければ理屈は通らなくなりますが、それだけ「改革」肯定のハードルは高くなるといわなければなりません(「弁護士『既得権益』批判の落とし穴」)。

     そして、もう一つ、この世界の「改革」が舵を切れない理由とみられているのが、法科大学院の存在です。「既得権益」をいうならば、いまや法科大学院の方だろう、という声が弁護士会内にあります。法科大学院の存続のために、合格者を増やせ、減らすな、という発想が、むしろ公認会計士の場合のように舵を切れない壁なのだ、という意見です。しかも、その存在を擁護する側に弁護士会主導層が依然、回っているという現実があるのです。

     こうした「改革」の現実は、弁護士自治と強制加入制度を持つ弁護士会に対して、「普通の業者団体」化する願望が、会員間に芽生えだし、広がりつつあることにも、この「権益」に対する会員目線の変化にもつながっているようにとれます(「『普通の業者団体』という選択と欲求」)。「改革」を結果的に牽引する形となった「既得権益」批判とは一体、何であったのか、そして結果として、この先、それが私たちに何をもたらす方向に進むのかを、今、考える必要があります。


    地方の弁護士の経済的ニーズについてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4798

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    「生業」と「ボランティア」というテーマ

     弁護士にとっての、「生業」と「ボランティア」とは、ある意味、今回の「改革」によって、彼らに突き付けられることになったテーマといえます。有り体にいえば、生活のための仕事と、それ以外の弁護士という仕事に求められることの線引きをことさらにしなくても済む経済的な環境が、かつてはあったということです。

     「生業」以外でも、それが弁護士として求められている以上、仮に採算性を満たしていなくても、ましてやそれが弁護士法1条の使命に基づいている以上、純粋な意味で「ボランティア」ではないという見方もできますし(「『ボランティア』と括られる不安」)、以前はそうとらえている弁護士も多かったと思います。ただ、現在は、そういう前提はなく、無償のものを「ボランティア」(あるいは、おカネになったとしても採算性がとれず、無償性が高いものを「ボランティア的」)として、「生業」と区別する弁護士も多いと思います(「弁護士『ボランティア的活動』の未来」)。

     この考え方に立てば、弁護士会活動にしても、人権擁護活動にしても、弁護士という資格に与えられた使命からは、「本来的業務」とされるものであっても、「ボランティア」もしくは「ボランティア的」業務と、弁護士が抵抗なく括ることになったということです。

     理由は改めていうまでもないと思います。需要が伸びないなかでの増員政策と、一サービス業としての自覚を求める「改革」のなかで、彼らはより採算性を意識せざるを得なくなった。と同時に、採算性のとれない業務を「ボランティア(的)」とカテゴライズしないことに、むしろリアリティを感じなくなった。生業が成り立つことが当たり前だったころの発想はもはや通用しない。逆にそうした発想ができたのは、生業が成り立っていたからではないか、と。

     もちろん、この点の捉え方は弁護士によって格差も濃淡もあり、一概にいえない面もありますが、少なくとも「改革」を挟んで、そうした傾向が強くなったととれるのです。

     ただ、ここで二つの事実を押さえておかなければなりません。一つは、「改革」路線の弁護士会内推進派、あるいは主導層の姿勢と、実は、こうした会員の意識とはズレがあること。そして、もう一つは弁護士の意識が「改革」によって採算性により傾いても、無償性の高い弁護士のニーズは確かに存在し、これからも彼らに突き付けられるということです。

     前者についていえば、増員と需要の関係も含めて楽観論がありました。むしろ、その中で当初の「改革」推進論者の発想のなかでは、事業者性を制約してでも公益性を追求すべき、ということまでが言われました(「『事業者性』の犠牲と『公益性』への視線」)。これは、何を意味しているかといえば、彼らは前記したような「生業」と「ボランティア」を区別しなければ、弁護士が成り立たなくなるような状況を全くこの「改革」の未来に想定していなかった、ということです。

     むしろ、事業者性ばかりに目を奪われずに、「公益性」にいままで以上に目を向けていい。なぜならば、そうしたとしても、弁護士は十分にやっていかれるのだから、ということなのです。別の言い方をすれば、いろいろな心構え論はいわれながら、結局、増員政策の先にも、「経済的自立論」も、あるいは弁護士会と会員の関係も、旧来型のスタイルでやっていかれるというヨミがあったのです。

     現在の弁護士会主導層がどうかといえば、さすがに彼らは「改革」の想定が外れたことを認識しています。しかし、「生業」と「ボランティア」、無償性・有償性を分けたニーズ論に立ち、有償性という観点で業者団体のように会員利益を保護したり、逆に会員の生活を脅かさない形で、どう無償性のニーズに対応するのかを模索するといった、いずれの対応も鮮明に取り組んでいるようには見えません。あえていうならば、「改革」の前記結果や無理が分かっていながら、前記当初の「改革」推進派のごとく、「まだまだなんとかやれる」という発想ではないか、と疑いたくなるのです(もっとも、会員の中にはここに彼らの無責任な利己主義の本音を見ている声もありますが)。

     一方、無償性の高いニーズに、誰がどのように応えられていくのか、というのは、ある意味、増員弁護士の生き残りとは関係なく、社会が考えなければならないことです。弁護士も「生業」を考えなければならないし、採算性が合わなければ引き受けなければよし、弁護士だってビジネスなのだから、では片付かない問題というべきです。

     それでも採算性度外視で「公益活動」に臨む弁護士たちもいます。彼らにとっては、「改革」はより「生業」との関係で持続が難しい環境をもたらした。しかし、もはや前記のように「生業」と「ボランティア」の区別を意識し始めた弁護士たちの目線はやや冷ややかです。お好きにやって頂ければいいが、それが弁護士の当たり前と社会にとられるのは困る、と。

     「改革」は、こうした非採算性部門のニーズの受け皿として、「日本司法支援センター(法テラス)」を想定していたとし、「改革」主導層のなかには、市民の「アクセス」に道を開いたということをメリットとして強調される方がいます。しかし、これを結局、弁護士が支えるというのであれば、「生業」との関係は避けて通れない。「生業」に加えられるような処遇を目指すことも、非採算部門を前提に、ではどういう環境なら支えられるのかも、そのいずれもが考慮されない現実によって、弁護士はここから離れつつあるといっていい状況です。いくら「アクセス」に道を開いても、その先が見えなければ仕方ありません。

     持続可能な形で「改革」がこの部分を考慮していない、というだけでなく、結果として多くの弁護士の意識も離れ、見放されていく、現実問題として、かつてのように担う人間がいなくなっていく、ということではないでしょうか。

     もはや弁護士は、頭から「起業」(いうなれば、覚悟として初めからビジネスが念頭)という発想で望まなければ失敗するという、話まで聞こえてきます。それが今、この世界から遠ざかりつつあることが問題となっている志望者(予備軍)にとってどうとらえられるのか、という問題もあると思います。「改革」以前から、おカネのことしか頭にない弁護士はいた、という声は聞こえてきそうです。しかし、多くの弁護士が「生業」でいっぱいっぱいとなり、かつ、それが当たり前の姿ととらえられる一方、そうした覚悟を第一にやってくる人材が今後増え続ける――。

     もし、そうだとすれば、「改革」がもたらした弁護士の意識変革によって、「改革」以前よりも、結果として、どこが欠落するのか。社会にとっては、そのことが問題であるはずです。


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    「AI時代」脅威論と弁護士処遇への理解

     「食える弁護士」というタイトルの、2月27日付けの「週刊エコノミスト」の特集に注目された業界関係者は多いようですが、これが「AI時代の」という前置きが付くと、現段階で共通の関心事とはならない業界の現実はあるようです。媒体の性格から仕方がないことであり、予想もつくことではあるものの、企業法務を扱う大事務所の視点で、テクノロジーの活用と彼らの業務の未来にスポットを当てている企画ですから、そもそも多くの町弁にとって、よそよそしいものになるのは、当然の話といわなければなりません。

     AI時代に仕事が奪われるという切り口は、いまやトレンドといってメディアの取り上げた方になっており、やや煽り気味との声もありますが、現段階においては、楽観視している弁護士が多いといっていいと思います。その共通の認識として聞こえてくるのは、AI化の限界についていうものです。

     つまり弁護士業のテリトリーで、(少なくとも直ちに)AI化が可能、あるいはその活用が考えられるのは、過払いのような定型型業務と法令・判例などのデータ集積にかかわるものに限定される(はず)という見方です。それ以外の多くの業務では、複雑な事実関係、情報の集積だけで一定のロジックを見出せない(だろう)法的な判断を伴うところには、当面、AIが弁護士の仕事を奪うことにはならないということです。

     仮に法的な判断にAIがかかわるとしても、単純な、あるいは確定的な事実関係に機械的にあてはめられるもの、標準化を前提とする損害額算定まで。可能性のある領域についても、むしろAIの結論をチェックする監視者として、人間弁護士の役割を指摘する声もあります。

     もちろん、これを楽観論とする見方があっても不思議ではありません。いうまでもなくそもそもこうした話の前提が、AI化の本当の進展をどこまで予想できているか分かっていないからです。弁護士の仕事が奪われるという脅威論で見れば、「改革」の弁護士増員で、楽観論、安定資格神話が、ものの見事に崩れたばかりなので、油断できないという見方に傾くことはありそうですが、むしろ煽り気味な取り上げ方の背景にも、前記「食える弁護士」という切り口にも、どうしても「生存」というテーマと切り離せなくなった弁護士イメージが存在しているようにみえます。

     この流れのなかで、一つ気になることは、弁護士の経済的な処遇への社会的理解にかかわる部分です。つまり前記した認識をみると、弁護士が弁護士として最後までその存在価値を主張するのは、定型化が出来きない個別的な案件ごとに適切な判断を加える「オーダーメイド」的な作業です。そして、この業務の性格こそ、実は弁護士報酬理解の基本として弁護士が据えてきた主張なのです。弁護士報酬が「高い」という批判があれば、真っ先に繰り出されるのはこの点です。

     ところが、一方で、いまだ弁護士処遇の妥当性というテーマで、最も社会的な理解が進んでいないのもこの点ではないか、と思います。そして、弁護士を「身近に」という話だった「改革」のなかで、この理解は進んでいない。定型型処理が可能な「過払い」案件が注目され、その分野で露出する弁護士も多かったこと、さらに「改革」路線の競争・淘汰そのものが良質化、低額化をイメージさせたように、前記「オーダーメイド」からみた弁護士業務の限界や、報酬の妥当性を飛び越え、高い報酬をとらなくてもやれるはず的な理解の方が、むしろ進んだ観があります。

     弁護士のこれまでの心得え違いを改め、努力さえすれば、弁護士の報酬は低額化できる。それを促すための競争であり、増員だという理解が、弁護士業務の処遇の妥当性というテーマを後方に押しやったというべきです。そして、そのなかで登場しつつあるAI時代の弁護士不要の「煽り」は、前記限定活用の可能性論(もちろん将来的には未知数ですが)を超えて、「オーダーメイド」を含めた弁護士業の本質理解から社会の目を遠ざけかねないように思うのです。

     前記「エコノミスト」の取り上げ方を見ても、まるで「AI時代」にも「食える弁護士」になるのは努力次第、逆に努力さえすれば食えるのだ、という、「改革」推進論調のなかの、「弁護士増員時代」と全く同じような、身も蓋もないような描き方が見てとれます。

     かつて弁護士と「経済的合理性」という取り上げ方は、当然に報酬の妥当性をめぐる話でしたが、いまや弁護士になること、弁護士を続けることにかかわる話になっています。テクノロージーの進化以前に、多くの弁護士は現在の需要に脅威を感じているはずですが、AI時代の弁護士というテーマが取り上げられるときこそ、むしろその限界論、つまりAIにはできないということからもう一度、弁護士業の本質への理解を深める切り口を、弁護士側が積極的にアピールしていいと思います。

     しかし、「改革」論調に対して、そうであったように、どうも弁護士はそれを十分にできないまま、AI時代の本格的到来を前に、生きるていける場を狭めていくのではないか、という暗い予感が過ってしまうのです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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