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    「改革」の失敗から見る弁護士「就職難」解消説

     弁護士の就職に関して、潮目が変わったというようなことを、よく耳にするようになりました。一時深刻に言われていた就職難は、既にほぼ解消し、地方では採用難もあるということまで言われています。どこまでが就職難で、何をもって、その解消と言うのか、さらに地方の事情を一律に語ることもできないなど、現実的な評価が難しい面があります。

     しかし、この弁護士の就職問題では、必ず一つのデータとして取り上げられてきた、修習終了後の、いわゆる一斉登録後の弁護士未登録者の推移を、今、見る限り、就職難の深刻化が言われた時期よりも、明らかに登録の前倒しが進んでいます。2000人以上が修習を終了した2013年66期が一斉登録一ヵ月後の時点で15.3%、1年後にも2.8%が登録できていなかったのに対し、2019年72期では1ヵ月後に7.5%、半年後には既に1.7%にまで未登録者が減っています。

     もともと個人の事情や意図的な登録先延ばしも考えられるので、直ちにすべてを就職に結び付けられないといわれてきたデータではありますが、それにしてもこの変化は歴然としています。意図的先延ばしの中には、弁護士会費の節約もあるということが一時いわれましたが、それもまさに、かつての一斉登録(ほぼ全員登録)時代に比べた、新人弁護士の苦しい台所事情の表れなどといわれました。そうだとすれば、それも変化してきたことになります。

     弁護士の就職難解消は2015年68期あたりから、既に始まったとする見方があります。解消したと主張する人が、その理由として挙げるのは、大方2点で、まず一つは司法試験合格者数の減少、もう一つは大手法律事務所の採用増です。修習終了者の数は、前記66期と72期では500人以上も違います。一方、大手事務所採用でいえば、2017年70期以降、いわゆる五大事務所だけで、終了者の1割以上を採用する状況になっています。

     つまり、就職希望者の母数が減り、需要と供給の関係に変化、つまりは単純に就職希望者の減少が生じたところに、大手事務所の採用拡大が拍車をかけたということになります。そのほか勤務弁護士の給与水準の低下による採用拡大、大量増員時代の弁護士の独立に伴う後任の採用増の影響なども言われています。

     就職難が少しでも解消したというのであれば、そのこと自体は、当然にこの業界にとって、明るいニュース、期待できる兆候という扱いになるでしょう。弁護士の就職難が終わったとして、弁護士会主導層が繰り返し唱えてきたペースダウン論、つまり増員政策そのものが間違っていたわけではなく、ペースが早過ぎただけ、という論法の正しさに結び付ける形にもなりそうです。

     地方会からは、依然として、弁護士の供給過多、法曹の職業としての魅力低下、合格者確保優先による質低下の懸念などを理由とした司法試験合格者減員を求める声が出されています(「司法試験合格者数のさらなる減員を求める12弁護士会会長声明」)。しかし、就職難解消という捉え方は、会内に根強く存在している増員慎重論、減員必要論を抑え込む方向に利用されかねない面もあります。

     しかし、「明るいニュース」として手放しに喜ぶ前に、少なくとも二つの点は押さえておかなければならないと思います。一つは、これが「改革」のシナリオから大きく外れたところに出現したものであること。前記したように、この就職難解消に繋がったとされる司法試験合格者減は、決して政策的に意図的に導かれたものでなく、むしろ増員政策の失敗の結果です。

     有り体にいえば、増やすに増やせなかった結果、前記したように就職希望者が減り、就職の可能性が生まれただけです。さらに大手事務所の採用拡大が窮地を救ったような形になっていますが、増員弁護士の受け皿が大手だけに集中するようなシナリオだったでしょうか。企業・案件での弁護士ニーズはいわれていましたが、「改革」路線の描き方は、それにとどまらず、「国民生活の様々な場面において法曹に対する需要がますます多様化・高度化する」(司法審最終意見書)という見立てだったはずです。

     まさにこの見立てにしたがって、弁護士の大量増員は、この国にとって必要不可欠の、むしろ「なんとかしなければならせない」テーマに担ぎあげられ、津々浦々に弁護士が乗り出していく、未来が描かれたのです。なぜ、事件数は伸びず、大手事務所や組織内弁護士が受け皿として注目される一方、もっとも津々浦々で国民の身近で必要とされるはずの、いわゆる「街弁」の没落が今、いわれているのでしょうか。

     地方の採用難が事実だとしても、都市の飽和状態から溢れるように、弁護士が地方に向かわざるを得なくなるというような「追い詰め式」の発想の失敗にもとれます。都市部の就職状況が改善されれば、見向きもされない地方の現実という見方もできますし、それでは地方ニーズが、現在の増員基調に照らして、どれだけの受け皿として描けるのかという点もまた、不透明です(「弁護士『追い詰め」式増員論の発想』」)。

     そして、押さえなければならない、もう一点は、これが弁護士を職業として敬遠し始めた志望者(予備軍)にどうアピールできるのか、ということです。一時期就職難という現実とともに、増員時代の弁護士は「食えるか食えないか」というテーマの立て方がさかんにされました。

     しかし、少なくとも志望者の選択基準、少なくとも彼らを業界が取り戻すたに提示すべき尺度は、「食えるか食えないか」でも「就職できるかできないか」でもなく、より「処遇され得るか」です。有り体にいえば、大学卒業後、新卒で就職するよりも、時間とおカネを先行投資することに見合うような、処遇を期待できる世界なのか、という尺度です。

     弁護士の経済的地位の下落とともに、法科大学院という新たな「関門」への先行投資の強制化は、志望者のこの尺度に決定的に影響しました。まさに、この結果こそが、志望者減であったといわなければなりません。

     「就職難が解消された」ということをもってして、これをなんとか志望者回復につなげたい、あるいはつながるという捉え方が生まれるとすれば、むしろ今、求められているのは、「改革」の失敗に対する冷静な分析であるように思えます。


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    弁護士の「自由競争」と制約が意味するもの

     弁護士にも、「より競争を」という流れが、結果的に肯定的に受けとめられたのが、この司法改革でした。度々指摘してきたことではありますが、当初「改革」は、需要が生まれることを前提に、弁護士を増やすことの必要性を掲げ、当時の多くの弁護士も、それを念頭にこの方向を受け容れたきらいがありました。しかし、一方で市場原理に委ねるとしたその方向には、弁護士の競争を肯定し、これまでが数の制限によって無競争状態だったことを「悪」とみる発想を内包していました。

     蓋を開ければ、前者の見方は裏切られ、需要は顕在化せず、結果的に弁護士は後者の発想の増員を受け容れざるを得ないことになり、一面、それはより彼ら自身によって、一サービス業としての「自覚」としてとらえられる方向にもなりました。

     しかし、肝心の、その競争によって、「改革」がイメージした利益を、本当に利用者は享受できたのかは疑問です。サービスの良質化や低額化といったメリットを得られるという「価値」。弁護士のかつての環境によって、私たちが本来得られるべき利益の獲得が阻害されてきたという前提に立ったはずの、「改革」の「価値」がどうなったのかを考える必要があります。

     結論からいえば、「改革」路線は、弁護士の需要が生まれるという予想を外したのみならず、競争によって利がもたらされるという結果も出せていないのではないでしょうか。これは、当然、この「改革」の価値評価につながるものであると同時に、弁護士と自由競争の関係を考える一つの視点を与えるものようにとれます(「弁護士自由競争の先に見えているもの」)

      一言でいってしまえば、「改革」の描いた、あるいは社会にイメージさせた弁護士と自由競争の関係は、とても雑な描き方だったように思えるのです。一サービス業としての同一視は、そもそも弁護士の仕事の特殊性を認めない、もしくはその違いを軽視するものでした(「弁護士「薄利多売」化の無理と危険」)。

     「公益的」領域へのさらなる奉仕者になることを弁護士に期待し、社会的にもそれをイメージさせた「改革」の発想は、「改革」が当初想定していたような大量需要が顕在化しない限り、むしろ「自由競争」とは、明らかに矛盾したものでした。いうまでもなく、弁護士が「自由競争」に傾斜し、それを割り切らざるをえなくなるほどに、彼らは前記期待とは逆により非採算部門を切り捨て、当然により採算性と利益を追求することになるからです(「弁護士の採算性と公益性をめぐる無理と矛盾」)。

     自由競争との関係における弁護士という仕事の特殊性で、特に抜け落ちてしまうのは、その制約の多さです。有り体にいえば、一般の事業で可能なような営業や事業拡大のアイデアも、弁護士法上の規制の対象になるものが多いということです。こう書くと、すぐさま規制緩和すればいいではないかという見方が出てきますが、あくまでこの規制には、利用者の安全確保という目的があります。

     ビジネスということから入れば、そこにはさまざまなアイデアが存在し、それらすべてに全く可能性がないということにもなりませんが(「弁護士ニュービジネスをめぐる限界と理解」)、規制しなければ、利用者に不利益を与えかねない、弁護士業そのものの危険性もまた、自由競争、他のサービス業との同一視の発想のなかでは、いまだ十分伝えられていない現実があるといわなければなりません。

     東京弁護士会の機関誌「LIBRA」の最新号(2021年3月号)が、「弁護士業務の落とし穴」と題し、主に若手会員弁護士向けに、非弁提携やアウトソーシングの見分け方などを指南する特集を組んでいます。

     この中では、弁護士の懲戒処分につながる「落とし穴」として、事件放置に始まるものや、不適切内容・業者勧誘に絡む広告関係のものがあることが報告されていますが、それとともに新型非弁提携の登場が指摘されています。つまりそれは、これまでのような事件紹介型ではなく、広告や事務に絡む業務請負(のっとり)型の非弁提携です。非弁提携は、あくまで弁護士が支配されることによる利用者不利益の温床と考えなければなりません。

     前記したような「改革」がもたらした一サービス業化やビジネス化の発想から生まれる、経営の効率化や集客化への要求にすかさずつけ込む非弁提携の形が生まれてきているということです。一面、「自由競争」の発想からすれば、経営の効率化や集客への工夫は当然の帰結であり、努力対象にもなり得るものです。

     しかし、詳細はお読み頂ければと思いますが、「自由競争」下の一般的発想で、つい当たり前に踏み込んでしまいそうな経営努力や工夫が、いかに弁護士の場合、通用しないか、そこに利用者の不利益にもつながりかねない落とし穴が存在しているのかが伝えられています(「弁護士業務に関するアウトソーシングの限界と注意点」)。

     「自由競争」を弁護士自身が自覚的に受けとめることの方が、結果的に強調される形になってきた「改革」にあって、やはり弁護士に課されている、特別の制約とその意味が、もっと強調されるべきだったように思えてなりません。


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    懲戒「品位」規定の不安定感

     弁護士法56条1項が、職務の内外を問わずに懲戒事由として掲げている「品位を失うべき非行」をめぐる疑問は、弁護士の中に根深く、また、その解消という意味では、ほとんど進展のないテーマとして存在してきたといえます。

     その疑問とは要するに「品位」とは何を基準にしているのかが不明確であるということに対するものです。それが不明確であるがゆえに、「品位」ということをもってして、弁護士会が懲戒対象としなければならないことなのかという程度の問題としても疑問も生むことになっています。

     一般的に同法の趣旨を理解していても、「品位」とともに掲げられている「所属弁護士会の秩序または信用を害」するという、解釈次第ではいくらでも拡大できそうな規定で不利益処分が課されかねないという、不安定感への不安ともいえます。

     結果として、弁護士会員が具体的にとれる手段としては、毎月発行されている機関誌「自由と正義」巻末の懲戒処分公告や、「弁護士業務ハンドブック」などが列挙する「非行」の具体例を参考にするしかありませんが、それでも首をかしげる会員の声は絶えません。

     いうまでもなく、疑問の余地がない完全にアウトととれる事例もあるわけですが、それでも一面、この不安定な「品位」規定がずっとそのまま維持されていることは、ある意味、奇妙な感じもします。

     この「品位」については、同様に問題とされる弁護士の業務広告に関連して以前、取り上げたことがありました。その運用指針を見る限り、その「品位」の基準は全面的に「国民」にゆだねられているのが分かります。有り体にいえば、「国民」が「品位」の面で「ふさわしくない」と感じることが基準ということです。つまり、形としては、「国民」がその意味で、まゆをしかめるような行為を、ある意味、弁護士界側が忖度して禁止しているということになります。

     それは言い換えると、そもそも「国民からみてふさわしくない」というのは、国民のなかにある弁護士イメージを基準にすることです。社会的な弁護士のイメージがどんどん下がれば、社会常識として弁護士に必ずしも特別な「品位」を求めず、あるいは「弁護士だってビジネス」「弁護士なんてそんなもの」という割り切った見方が広がり、世間にあふれてしまえば、それでも「ふさわしくない」という評価になるとは限らないということです(「国民に任せた『品位』の基準」)。

     懲戒に関しては、強固な自治が付与されていることとパラレルに、特にその厳格さが強調される面がありますし、秩序・信用棄損ということでいえば、被害当事者的な目線もいわれますが、それでも「品位」が保たれることの意味は、利用者市民の利益、安全・安心の確保であるとすれば、前記業務広告規制の事情と切り離してみることもできません。

     少なくとも弁護士に求められる、何か特別な「品位」というものへの認識が、弁護士会にあるとしても、それが不明確である以上、社会的な評価の変化によっては、逆に前記程度の問題として、わざわざ強制加入の弁護士会が、その抽象的な「品位」の名の下に会員に不利益処分を課すほどのことなのか、恣意的な判断ではないかという会員との感覚的齟齬は延々と消えないように思えます。(「『目立ちすぎた』大渕愛子、不当報酬受領で『重すぎる処分』の怪…弁護士会を逆なでか」〈Business Journal〉 「橋下知事『弁護士会の品位の基準、僕とは違う』」〈朝日新聞デジタル〉)

     最近民事訴訟の依頼者と着手金の返還を巡ってトラブルになり、ツイッターに「弁護士費用を踏み倒すやつはタヒ(死)ね」「金払わない依頼者に殺された弁護士は数知れず」などと投稿した弁護士が、所属する大阪弁護士会から懲戒処分(戒告)を受けたとする報道(讀賣新聞オンライン)が、ネット界隈の弁護士の間で話題となっています。

     「死ね」という表現自体は、一般の感覚として不適切であるはずだし、大方の弁護士もそれは認めつつ、会の処分となると弁護士間でも実は意見が分かれています。それはこれが依頼者個人を特定したツイートではなかったことと、さらに弁護士として切実な問題となっている弁護士費用の未払いという件に絡んでいることが関係しています。

     表現の不適切さでアウトもやむなしと片付けている人がいる一方で、これを弁護士の愚痴ととり、業務に関する愚痴のツイートも「品位」にひっかかり、懲戒の対象になるのか、という疑問を含め、前記程度の問題として疑問視する見方や、前例として危険視する見方が出されているのです。これは国民の感覚からすると、一発アウトでよしとなるのか、あるいはSNS利用者の感覚からすれば、この程度のツイートで不利益処分とするのは行き過ぎなのか、はたまたそれでも普通とは別に弁護士だけは特別にアウトとみるのか、その辺も正直よく分かりません。

     ただ、この状況には、やはり「品位」規定の不安定感が背後につきまとっていることだけは、間違いないように思うのです。


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    弁護士の経済環境を前提とできない発想

     弁護士会から発せられるメッセージの中には、よく「国民(市民)の期待」という言葉が登場します。もちろん、「それにこたえる」ということをもって、自らの行動や考えを裏打ちし、目的や立場を鮮明にしようとするものですが、問題は、その「期待」とされているものの中身です。いうまでもなく、それが的を射たものでなければ、それは単に自己正当化の飾り言葉にもなるからです。

     弁護士の増員政策をめぐっても、集会などで出会った方を含め、市民の方の声を聞くと、しばしばこの点で立ち止まりたくなる時がありました。それはとりわけ、弁護士の経済的安定に対する目線に関してです。そこには、二つの期待感を読み取ることができます。

     ① 「絶対的に不足している」弁護士の数を増やし、社会に行き渡ることで、そのメリットを社会は享受できる。たとえ、数が多過ぎても(現実はそうなったわけだが)、競争や淘汰が起きて、より良質化・低額化のサービスが期待できるという期待感。
     ② 弁護士や医師など、社会的影響力が大きい専門家にあっては、一定の経済的安定が担保されて、より安心で、良質なサービスを継続的に受けられるはずという期待感(逆に増員で担保されなくなる不安感)。

     いうでもなく、この二つは、切り離されている話ではありません。この「改革」に対して、①に期待する市民がいたとしても、②はどうでもいいということではない。むしろ、当たり前の前提ではないかと思います。そこで問題は、この「改革」の話はどういう形で進み、弁護士の経済的安定が壊れる結果になった今も、どういう形で進んでいるかです。

     改めていうまでもないことですが、「改革」の当初にあって、弁護士会側から発進されたメッセージは、もちろん「大丈夫」というものです。必要だから増やすという描き方にあって、(個々の弁護士には不安感があったとしても)、経済的安定がここまで問題になる未来を描いた人はほとんどいませんでした。

     そもそも社会も、そう思っていなかったというべきです。弁護士は儲けているという決定的なイメージの中で、当然に②の心配をする必要がない①への期待感が高まるのは当然です。弁護士自らの「大丈夫」という太鼓判、「べき論」に支えられたヤル気の表明は、よりその期待感を煽ったといってもいいと思います(「日弁連が『3000人』を受け入れた場面」)。

     ただ、一面現実に即して言えば、前記「儲けている」イメージがあればこそ、②がいえなくなったという面がないわけではありません。以前にも何回か取り上げていますが、弁護士界の中にも「経済的自立論」という言葉が言われてきました。お金にならない人権問題等の活動をするには、弁護士の経済的な基盤が確保されている必要がある、という考え方・主張です(「『経済的自立論』の本当の意味」)。

     「改革」論議の過程で、この考え方を弁護士会側は封印した、という見方があります。①の立場の「改革」を推進するに当たり、前記イメージの中にある弁護士自身からの、この主張は通りが悪い、通用しない、という扱いになったということです。弁護士過多が明らかになった段階でも、界外にある競争・淘汰論に弁護士会が積極的に賛同したわけではありませんが、まだまだ需要が眠っているという潜在需要論や、増言のペースが早過ぎたというペースダウン論を繰り返し、「不足論」を大きく転換したわけでもありません。

     しかし、多くの弁護士も、あるいは社会が感じている結果も、いまやむしろ「経済的自立論」の正しさの方ではなかったのかと思えるのです。増員政策が失敗し、弁護士の経済自立が失われるほど、よりビジネス化と拝金化が進み、これまで以上の、余裕がない弁護士による案件の取捨・切り捨てが行われる。集会であった市民の中には、そこに不安を感じている声が沢山ありました。そして、そもそも弁護士が普通のサービス業と同一であるというならば、そうなるのも当然である、と。

     こういえば、もちろん、拝金的な弁護士など、「改革」前にもごまんといた、という声が直ちに返ってきそうです。それはそうかもしれません。ただ、増員政策の影響によって、そういう弁護士がいなくなったとしても(増員によってもいなくならないということもできますが)、一番打撃を受けているのは、まさに「経済的自立論」の本来的な意味で、社会的に貢献ができてきた有志の弁護士たちです。それも同時に根絶やしにされる。そのデメリットを前提にしても、果たして「改革」の期待感はつなぎとめられているのか、という話です。

     弁護士の側からすると、よく医師に比べて、弁護士は前記②をより主張しにくい(理解が得られにくい)という話を聞くことがあります。そもそもの社会的な役割の違いと、期待のかけられ方の違いがありますが、ここに弁護士と仕事の象徴的な現実があるように思えます(「欠落した業界団体的姿勢という問題」)。

     それをこれまで長く持ちこたえてさせてきたものが何かといえば、「改革」が壊した「自立」を支えてきた経済環境と、弁護士法1条を掲げた犠牲的精神という、まさに前記二つの弁護士層に被る、この職業独特といっていい環境と体質であったように見えます。つまり、我慢して耐え忍ぶ。かつて法テラス以前、当時、法律扶助協会を支えてきた「扶助閥」と言われた弁護士たちの話を聞くと、「国がやるべきことを我々がやっている」という不満とともに、そこに胸を張るような、彼らの善意のプライドを感じることが度々ありました。

     ただ、一方で「改革」に関していえば、弁護士会内には、前記増員によっても、経済的影響を受けない会主導層が、それをもろに受けている会員に向かって、高い会費も含めて、相変わらず犠牲的精神を強いているという構図にとらえている向きもあります。

     コロナ不況対策で法テラスの費用免除拡大に言及した、弁護士ドットコムが1月14日付けで掲載した荒中・日弁連会長のインタビュー記事が話題になっています。

     「もちろん法テラスの報酬基準を引き上げることは重要ですが、法テラスが苦しい状況に置かれた人のための制度である以上、まずは利用者の負担を軽減しなければなりません。利用者の負担を軽減して、法テラスを利用しやすくするとともに、弁護士が適正な報酬を得られるような社会状況を作ることが、会長としての役割だと考えています。適正な報酬基準となるよう引き続き取り組みを行っていきますが、まずは法テラスの基盤整備を進めた上で、支援にかかった費用の償還免除や減免を広げることを優先する必要があると思います」

     弁護士の適正な報酬に言及しながらも、利用者の負担軽減と、報酬適正化への社会状況醸成を優先させた発想に、まさに前記したような「改革」前の経済環境ならば実現できたが、今は会員の負担として持ちこたえ難い現実が見られていない、「忍従」のモデルを見る意見があります(「福岡の家電弁護士のブログ」)

     こういう話になると、弁護士の中には、「時計の針は元には戻せない」という人がいます。「改革」をいくら批判しても、弁護士は以前のような経済環境には戻れないのだから、意味がないというご主張です。しかし、弁護士の経済環境を、まず前提としなければ、結局、本当の国民・市民の期待感にこたえるところにはたどりつけない。むしろ、その期待感から逆算するならば、成り立つ環境を前提的に考えなければならない、ということがはっきりしたのではないでしょうか。「時計の針」が止まっているのは、一体誰なのか、ということも考えるべきです。


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    「改革」の失敗と疲弊する弁護士たち

     最近、弁護士の中から、ある業務に関する、悲鳴のような声を異口同音に耳にします。

     「手間はかかるが、実入りの少ない案件ばかりを抱えることになっている」

     これは、基本的に薄利多売が困難な弁護士業の性格を理解していない人からすれば、あるいは彼らの危機感を相当割り引いて捉えてしまうのかもしれません。単純に実入りが少ない案件を多数こなしてなんとかしているのは、他の商売も同じ、やはり弁護士は楽をしようとしているのではないか、と。

     しかし、現実はそうではありません。有り体にいえば、まともに案件に向き合おうとすれば、弁護士側の手間は同じ。同じ手間と時間をかければ、この状態での弁護士の収益には、そもそも限界があるのです。したがって、弁護士が生存をかけて採算性を追及しなければならない状態に置かれれば、必然的に実入りの少ない案件を受けないか、受けてもそれなりの対応をしなければならなくなります。

     そして、残念ながら、そうなると、依頼者市民の側からすれば、「それなり」の中身や、あるいは「まともに」という前提に立たない弁護士との遭遇に関する、リスクが高まる状況となります。普通のサービス業以上に、弁護士という仕事との関係における、情報の非対称性は、依頼者市民の知らない形で、弁護士主導で、それが完結されてしまうリスクがあることも考えなければならなくなるのです(「弁護士『薄利多売』化の無理と危険」)。

     これは、いうまでもなく、「改革」がもたらした、弁護士にとっても、利用者にとっても望ましくない状況といわなければなりません。有償の、弁護士の採算性を考慮した需要を踏まえなかった増員政策が、弁護士の供給過剰を生み、とりわけ、市民ニーズに向き合ってきた、いわゆる街弁にあって、パイの分け合いが起きている(「『無償』ニーズという根本課題」)。

     しかも、弁護士の量産で、アクセスが向上した分、安くどんな案件でも弁護士は受けてくれるはず、あるいは引き受けてくれる弁護士がいるはず、という誤解も生まれている。金銭面だけでなく、以前よりも、「依頼者の質」という問題が弁護士間で言われ、それからの防衛策までが取り沙汰されている現実ともつながっています(「依頼者からの『自己防衛』」)。

     しかし、「改革」路線は、こうした弁護士の現実には、依然として冷淡です。最近、ある弁護士のこんなツイートが流れました。

     「そもそも弁護士は、その職務上、紛争を常に扱い、業務妨害の被害も受けるリスクがあるわけで、それなりに大変さはある。その上で、経済的にも不安定にするとか、そりゃあ、心身を病む弁護士も増えざるを得ない。それでも、『既得権益の側からのネガティブキャンペーン』とされるのはつらい」

     「既得権益の側からのネガティブキャンペーン」というのは、以前から法科大学院関係者から聞かれていた論調で、最近、別の弁護士がツイートで大学関係者の著書から引用して紹介した一文にも登場したものです。法曹志望者が減少した原因が、増員政策失敗による弁護士の経済的価値の下落と、そうした状況下でコストに見合わないと判断された、現在の法科大学院制度にあることを直視せず、まるで現状をネガティブに誇張した論調のせいであるかのようにいうものです。

     「改革」の失敗が生み出し、それが弁護士だけでなく、依頼者にもとっても、望ましくない状況を生み出す段階になっていても、弁護士が前記業務の実態やその影響の深刻さを口にすれば、「既得権益の側からのネガティブキャンペーン」という扱いにされかねない、おかしな「改革」の現実です。もはやこの言葉を言う側こそ、「改革」の当初の目的はそっちのけで、既得権益にしがみついているのではないか、と言いたくなる話です。

     「今、周りの多くの弁護士が、疲弊している」

     最近も冒頭のニュアンスの言葉を口にした、ある弁護士は、こんな言葉も付け加えていました。コロナ禍に見舞われ、社会の全体が疲弊しかかっているようにも見える今、弁護士のこの訴えは、社会により響きにくい状況にあるといってもいいかもしれません。しかし、弁護士をどんな疲弊させても、志望者が戻って来ないばかりか、社会にとって有り難い形も生まれないことは言い続ける必要があります。

     今年も「弁護士観察日記」をお読み頂きありがとうございました。いつもながら皆様から頂戴した貴重なコメントは、大変参考になり、刺激になり、そして助けられました。この場を借りて心から御礼申し上げます。来年も引き続き、よろしくお願い致します。
     皆様、よいお年をお迎え下さい。


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    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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