新法曹養成「時短化」をめぐる思惑と現実

     法科大学院制度を擁護する方々の論調のなかで、時々、時間的負担軽減の重視は、最短で法曹になるメリットを強調する、志望者への「誤ったメッセージ」になるという懸念論が異口同音に言われるのを目にしてきました。中教審の部会でも委員から、そんな意見が出されています。

     しかし、こうした捉え方に接する度に、奇妙な気持ちになります。いうまでもなく、最短で法曹になる途を選択することは、ある意味、志望者としては当然のことではではないか、と思うからです。志望者に、そう考える方向で伝わることを、なぜ、彼らはことさらに「誤ったメッセージ」として懸念するのでしょうか。そして、それが制度が志望者減という現実の前に、時間的負担軽減をテーマとせざるを得なくなり、その観点から「法曹5年一貫コース」(「どうなの司法改革通信」Vol.100)が時短的発想で提案される状況になった、いまでもなお、いわれている奇妙さでもあります。

     この捉え方には、彼らが予備試験の現実について、さんざん被せてきた「抜け道」論を重ねてみることができます。つまり、まず、法科大学院というプロセスの教育的価値が存在し、いかなる形であれ、それを回避することになる時短的発想は、法曹志望者として、基本的にあってはならない「心得違い」と決め付けている格好です(「予備試験『抜け道』論者の心底」)。時間的負担は軽減しなければならないが、かといって時短のメリットを前面に打ち出すとなると、プロセスの価値を自ら後方に押しやりかねないし、もっといえば、批判してきた「抜け道」と同じ土俵で「価値」を示すことになる――というのが、彼らの懸念でしょうか。

     しかし、二つの点について、彼ら懸念する側は認識していない、もしくは目をそらしているようにみえます。一つは選択される「価値」としての敗北。つまり、志望者が新プロセスを回避して、より早く合格できる道を選ぶのは、現実的にそれでも法曹になるうえで、なんら支障がないことを見切っている、ということです。要は、わざわざ周り道をする「価値」を(少なくとも経済的時間的投資に見合うほどには)今のところ見出していないからこそ、彼らは何の躊躇もなく、当然のごとく、早く法曹なる道を選んでいる。

     そうなると、制度側が時短を意識せざるを得なくなった時点で、「価値」の勝負では、ひとまず敗北しているということになります。彼らが、予備試験が利用される現実を「抜け道」と位置付け、制限する方向を示唆したり、合格者増さえしてくれれば、新プロセスの「価値」も見直されるはず、といったことを指摘するのを見るにつけても、教育そのものの「価値」、また結果が示す社会的評価で勝負することを断念している、もしくはその勝負の結果を待っていては、制度が持たないと考えているとしか、とれないのです。

     そして、もう一つは時系列に考えたときの新プロセスの無理です。前記彼らがあえて懸念してみせていることは、要は司法試験合格を急ぐあまり、肝心のプロセスの教育が疎かになることについてです。それは、法曹志望者として「心得違い」なんだと。しかし、そのプロセスの教育が、(あるいは長い目でみて)法曹として価値あるものになるとしても、合格しないことには、あるいはそれらの意味がなくなるかもしれない状況で、実の入った学習が果たしてできるのか。逆に教育の時期としても、本当にふさわしいのか。受験を意識しないで済む合格後に教育される方が、環境として適切なことは明確ではないでしょうか。

     このどうにもならない、宿命的な新プロセスの位置取りを分かっていればこそ、合格不安を解消するために、他力的に合格者増を要求しているというのであれば、その点は辻褄があうといえなくはありません。しかし、これは制度存続のためということでは、導かれても、資格制度の在り方としてどうなのかが問われるはずです。法科大学院入学時に、相当厳しい関門を設けるのであれば、また別ですが、現在の実績だけで、新プロセスの「価値」のために合格不安を解消する司法試験合格率を提供するという形になるのが、本当にこの資格にとって望ましいのか、ということです。なぜならば、法曹養成として、この新プロセスは、単年度2割台しか司法試験という関門を突破させられていないという、はっきりした実績が存在しているからです(「法曹『選抜機能』の行方」 「新法曹養成制度の実力という視点」)。

     将来的には、必ずや予備試験組といった本道回避者に違いをみせつけるであろうという期待のうえに繰り出される、新プロセスの「価値」への配慮によって、肝心な資格の保証を脅かすことはないのか、という話に当然なってよいところだと思います。

     最近、前記「法曹5年一貫コース」について、政府・与党が時短策として検討を始めたことを報じた大新聞が、その記事の中で次のように書いています。

     「法科大学院は法律家としての判断力や倫理を養うために設置された。ところが、予備試験が『抜け道』になり知識偏重の是正という改革の趣旨は揺らいでいる。与党関係者は『司法試験合格者の中にも、早くに予備試験をパスした方が、法科大学院修了者より優秀だという意識を持つ人がいると聞く。法科大学院が魅力を取り戻さなければ改革そのものが問われる』と指摘する」(5月18日付け、毎日新聞「政府 法学部『3年卒』検討 法科大学院『失敗』に危機感」)

     記事は、政府・与党も、時短策を「法科大学院離れ」への歯止めとして期待していることも伝えています。予備試験をいくら「抜け道」呼ばわりしても、それが「知識偏重」の実害も、それを是正する「価値」も、制度が実証できていない現実の裏返しである。だからこそ、早期予備試験パスした方がが優秀だと意識を持つ合格者を、頭から「心得違い」とはできない。そして、その現実からすると、「取り戻さなければ改革そのものが問われる」法科大学院の「魅力」とは、「時短」ではないはず――、ということに、どうもこの記事を書いた記者は気付いていないようにみえてしまうのです。 

     志望者減の現実を前にして、法科大学院擁護派から繰り出される司法試験合格率「主因説」が、弁護士の経済的価値の下落に対する志望者意識を無視している(「司法試験合格率『主因説』が無視するもの」)のと同様、時間負担軽減という制度見直しの方向にも、どうも制度にとって都合のいい現実に対する描き方がなされているように思えてなりません。


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    法科大学院存続論が無視する事情

     最近、法科大学院出身の弁護士と見られる方のブログが、こんなタイトルの記事を掲載しました。「法科大学院は廃止したほうが良い・・・けど、」(「ka-fumの思考メモ」)。総体的にみて、自らの出身母体として、中には「改革」に対する恩恵的な受けとめ方によって、あまり「改革」について語りたがらない傾向にある法科大学院出身弁護士の意見として、注目したのですが、そこには少々意外なことが書かれていました。

     詳しくはお読み頂きたいと思いますが、まず、彼の認識として、法律の勉強は自学自習になじみ、必ずしも教育機関は必要なく、自らの経験でも法科大学院の講義で「(司法試験)合格の役に立ったものは皆無」、「本来、自学自習で十分なところを、わざわざ時間と費用をかけなければならなかったのですから、控えめに言っても、勉強の妨害」「合格したことを法科大学院の教育成果だなどと言われると、憤慨するしか」ない。「志願者の激減は、下落した資格の価値と比較して、法科大学院という制度が重すぎることが原因」であり、「理性的に政策論を語るなら、即刻廃止すべき」としています。

     ただ、ブログ氏は個人的感情論として、ここで別の視点を提示しています。

     「法科大学院卒業が司法試験受験の条件でなければ、もっと弁護士になりたがる人はいるはずなのです。たとえ経済的価値が下落したとしても、自学自習だけで挑戦できるのであれば、資格を取ろうと考える若者は大勢いると思います。つまり、法科大学院の存在こそ、司法試験合格者の増加に歯止めをかけるストッパーとして機能しているのです」
     「皮肉なことに、いまとなっては、法科大学院こそが、更なる弁護士の経済環境悪化をギリギリのところで阻止しているとも言えるのです」

     ブログ氏は法科大学院制度の廃止は望ましいが、それによっていまだ根強い自由競争論に押されて、再び合格者増に「改革」の舵が切られかねない、だから、「もうしばらく、国民の税金と若者を食い物にする制度として存在し続けてくれたほうが、現役の弁護士にとっては都合が良い」として、この一文を締め括っています。

     法科大学院強制化の負担が法曹志望者離れを後押ししていることは事実ですが、それが弁護士の経済的悪化のギリギリの歯止めになっている、という見方には正直、疑問もあります。ただ、彼は法科大学院の置かれた状況に「皮肉」という言葉を当てはめていますが、最後の下りを読むと、このブログ氏の言自体が皮肉なのか(ご本人の真意は分かりませんが)と思えたのです。つまり、「改革」の増員政策が生んだ弁護士の経済的価値の棄損が問題の根本にあることを、やはりここで言いたかったのではないか、と。もはや法科大学院を廃止しても、それでも法科大学院の負担がなくなれば挑戦者はいて、増員が続くのであれば、それでも弁護士は潤うことない。だから、税金と若者を食い物にする制度を続ける、という逆説的な提案をして、この法科大学院がしがみつく袋小路のような状況を伝えたのではないか、ということです。

     要は、弁護士増員政策にノータッチで、あるいはその過ちを直視しないで、「税金と若者を食い物」にして、かつ、存在がネックとなって、まだかろうじて数が抑えられるならば、弁護士にとって実は有り難い(現職弁護士のエゴにつながるかもしれない)制度・政策を続けることに、あなたはそれでも賛成するのですか、という問いかけです。

     もちろん、制度存続が結果的に、業界にとって優秀な人材を多数確保できるかなどは、あえて無視している話です。制度存続で、どんどん志望者が減り、弁護士の経済悪化にギリギリ歯止めをかけつつ、弁護士業が志望者から見離されることで自動的に数が減り、いつの日にか経済的に適正な人数に落ち着き、その結果として資格の経済的価値もようやく良化に向かうことを待つ。それまで「税金と若者を食い物にする制度」を続けましょうといっていることになります。

     最近も、読売新聞がネット上に、法曹養成の現状を取り上げた記事を掲載しています(高橋徹・調査研究本部主任研究員「法科大学院はどこへ向かうのか(上)」「同(下)」)。筆者はここで法科大学院の現状と失敗(撤退、性急な制度設計、教育のバラツキ、予備試験)、一定の成果(修了生への評価、多様な人材)とともに、「改革」が見込んだほど訴訟件数が増員弁護士に見合程度に増えていない、誤算による弁護士の経済的異変に言及しています。

     しかし、その異変が、決定的に資格価値を棄損し、志望者を遠ざけているという視点ではなく、司法試験「3000人」の旗を下げたということで、さらっとそこは通り過ぎ、議論されている「5年一貫コース」や、司法試験合格率と同試験改革の話で締め括っています。典型的な最近の法科大学院擁護派の論調です(「司法試験合格率『主因説』が無視するもの」)。

     ここから見えていくるのは、法曹志望者減という事態を弁護士の経済的価値の下落「主因説」から考えるのが、「改革」推進論者、とりわけ法科大学院擁護派にとって、不都合であるいう現実です。いうまでもなく、かつてのようにその経済的価値を復活させるには、下落の引き金になっている増員政策をやめ、減員するか、もしくは増員に耐え得る需要が生み出される(生み出されることにする)しかありません。前者が法科大学院の物理的な存続には不都合であり、後者は現実的には厳しいが、これは弁護士の努力次第と括ることができる。しかし、そうだとしても現実はブログ氏が皮肉っているように、「税金と若者を食い物にする制度」として、存続していかねばならない――。

     弁護士の経済的価値の下落がこれほどいわれても、そこを直視せず、司法試験合格率を含め、それ以外を要因とすることで、志望者回復と法科大学院の存続をなんとか実現したい、という思惑が、そこにあるといわなければなりません。前記ブログをみても、また、読売の論者の論調をみても、法曹養成は、いま議論されている以上の根本的な仕切り直しが必要な状況に陥っているように思えてなりません。


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    弁護士資格への冷淡さをめぐる疑問と本音

     弁護士の間では、「改革」について発言する法科大学院関係者を中心とした擁護派の、弁護士資格に対する冷淡さへの疑問がずっと言われてきました。増員政策の結果として、就職難がいわれ始めれば、いわゆる「開拓論」に立って「需要掘り起こし」の弁護士側の努力不足をいい、増員によって低廉化や良質化が生まれるという立場からの発言が繰り出される。「どんどん増やしても誰も困らない」とか「弁護士が増えて、収入が減っても、知ったことか」という発言も話題になりました(「無責任な法科大学院関係者の『擁護論』」 「弁護士『保身』批判が覆い隠す現実」)

     これに対する、疑問というのは、要するに結果的に法科大学院にとっても逆効果ではないのか、ということです。いうまでもなく、弁護士という資格の経済的下落を放置すれば、それだけ法科大学院に来る志望者も減るからです。そもそも職業人を養成する中核的機関を名乗りながら、食うか食えないは関係なし、あとは野となれ、という姿勢の機関が志望者にどう見えるのかは明らかです。

     前記した「開拓論」にしても、競争・淘汰による低廉化・良質化にしても、「改革」の結果によって、むしろ正当化できなくなっているといえます。需要不足は、弁護士の努力でなんとかなる状況とは言い切れず、増員によって弁護士の経済的困窮の見返りに、低廉化・良質化の効果を利用者が享受しているわけでもないし、そもそも後者は志望者の関心からはズレています。責任を弁護士に投げたところで、志望者にとっては意味がない。

     つまりは、弁護士資格そのものの現状や将来性に冷淡になればなるほど、結果的に志望者が法科大学院に行く動機付けも失われていく。弁護士資格の価値を下げない政策を進めなければ、資格取得のための機関に行く価値もなくなっていく。そんな当たり前に、首を絞めることを法科大学院擁護派はやっていないか、というのが、前記疑問の本質です(「逆効果政策をやめられない『改革』」)。

     なぜ、こういうことになっているのか――。公式に認められることがないだろう、彼らの本音を推測すれば、やはりまず「数」に対する近視眼的な発想があることは否定できないように思えます。弁護士資格の経済的価値の下落は、弁護士の数の問題、つまり増員政策の失敗が張り付いています。ただ、それを直視した適正人口論に立ち、減員方向に舵を切ることになると、志望者が減り、枠組みが持たなくなることが恐ろしい。旧司法試験当時を引き合いに、弁護士の経済的価値さえ確保されていれば、志望者はチャレンジするという厳然たる事実があっても、「改革」路線の当初から描き方、要は増員路線の成功のうえに、法科大学院制度が乗っかる形を改められない。まさに弁護士の経済的価値の下落を無視した司法試験合格率「主因説」につながっている発想です(「司法試験合格率『主因説』が無視するもの」)。

     別の見方を付けくわえれば、ここには法科大学院制度が独自の「価値」を示し切れていない焦りもあるようにみえます。司法試験合格率ということでいっても、未修者教育にしても、実績として当初の描いたような価値を社会にアピールできていない。予備試験経由合格者への社会的評価ひとつとってみても、なるほど「プロセス」を経なければダメ、という価値を、あれほど旧司法試験体制をダメといった側が示し切れていない(「法科大学院本道主義強制に見合う『価値』」)。

     その現実にあって、なお内省的な方向に進められない。そこを進めると、今度は受験資格要件化という本丸が脅かされる恐れがある。だから、予備試験、司法試験が「足を引っ張っている」という形のターゲットにせざるを得なず、また弁護士の数を増やす(減らさせない)=合格率を上げる、という欲求につながっていきます。旧司法試験化する予備試験の現実は、「難関」でもより経済的妙味があるルートが選択されるという意味(司法試験合格率「主因説」の破綻)でも、また、弁護士の経済的価値が下落しつつも、修了後の社会的評価において、志望者にとって予備試験が、比較においてより魅力的なルートになってもおかしくない点(「プロセス」の実績での敗北)でも、「抜け道」批判では語り尽くしていない、本道にとっての不都合な現実があるというべきです。

     しかし、こう考えてくると、弁護士界内の主導層や「改革」推進派がいまだに弁護士の経済的価値の下落を直視しきれていないように見えるところも、ある意味、納得できてしまいます。「数」の問題についてはっきりと減員に舵を切れず、増員基調の「改革」路線を維持し、需要「まだまだある」論を含めて、弁護士という資格がこの先も経済的に「なんとかなっていく」と見ているような姿勢も、結局、表向きの話とは、先がない別の背景から導かれているととれてしまう、ということです。


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    司法試験合格率「主因説」が無視するもの

     司法試験に合格できないからなのか、それとも合格しても、その先の魅力がなくなっているからなのか――。「改革」がもたらしている、法曹志望者減という深刻な事態に対して、新法曹養成制度が奇妙な袋小路から抜け出せなくなっています。奇妙という言葉をあえて使ったのは、これほど弁護士の経済的価値の暴落が明らかで、後者の理由は動かし難いのに、あくまで前者を理由とする声が強く言われている、つまり、こうした捉え方では、志望者減対策としては早晩行き詰まることは目に見えているのにもかかわらず、それが強調されている奇妙さです(「資格価値の暴落と『改革』への認識」)。

     しかも、前者は正確にいえば、「合格させないから」という捉え方です。「できない」ことを法科大学院の責任ととらえるよりも、「不当に」難しい司法試験の責任にする論調が、さらに強まっている観すらあります(「新司法試験批判と法科大学院の認識の問題」)。
     
     最近も、議事録が公開された中央教育審議会法科大学院等特別委員会の第80回会議での、井上正仁座長の次のような発言が、一部弁護士の間で話題となりました。

     「大きな課題として、本来の理念をいかにして実現するかということで、これまでかなり時間を使って議論をし、具体的な方策も講じてきたのです。ただ、我々としてできることは限られており、その結果、どうしても後手後手に回ってしまって、志望者がどんどん減っていく。法科大学院として集めたくないわけではなく、集めようと努力してきたにも拘わらず、学生の方が志望してこなくなってきているというのが実情なのですね」
     「それはなぜかといいますと、様々な原因があるのでしょうが、やはり最も大きいのは司法試験が難関であることであって、特に法学部出身でない学生がその難関を突破することがますます難しくなっており、それが更に志望者の減につながっていっている」
     「そういう構造的な問題点をどうにかして変えていかない限り、問題は解消しないのですけれど、その点で私たちとしてできることには限界があって、そこを崩せないでいる」

     彼は、合格率がほぼ3%と、現在よりも難関であった旧司法試験に志望者が多数チャレンジし、難関であるがゆえに減少という事態が発生していなかったことを知らないわけがありません。その意味では、彼を含め、前者の立場に立つ法科大学院擁護派の視点は、下落した弁護士資格の経済的価値が新法曹養成のプロセスへの投資に見合わないという判断、そして、志望しないのは、司法試験が「難関」であることが一義的な理由ではないという、二つの志望者動向の真意・本音をあえて無視しているようにしかとれません(「法学部生の意識から見る法曹志願者減の現実」)。

     奇しくも、最近、大新聞の社説が、この論調と同じ方向を向いた内容を掲載し、こちらも話題になりました。

     「行き詰まりの最大の要因は、司法試験での合格率の低迷だ。修了者の昨年の合格率は約2割にとどまる。対して、法科大学院を修了しなくても、司法試験の受験資格を取得できる『予備試験』組の合格率は7割を超えている」
     「法科大学院の理念を維持するのであれば、予備試験の受験資格や司法試験の内容を再検討する必要があるだろう」(4月3日付け、読売新聞社説)。

     深刻な志望者減を認め、タイトルには「法科大学院 制度を大胆に見直す時期だ」と打ちながらも、司法試験合格率「主因説」に立ち、同試験に手を加える必要性を示唆しているところ、志望者の意を汲むようでありながら、やはり前記真意を無視しているところは、全く同じです。そして、さらに共に法科大学院の「理念」を引き合いに出しているところも、何を守ることから逆算されている話かもうかがい知れてしまいます。

     しかし、こうした論調が無視しているのは、実は志望者の真意・本音だけではありません。司法試験合格率「主因説」に立って、合格率を上げれば、資格が保証する質のレベルは、いまより下がりこそすれ、上がることはありませんし、かつ、無視している部分、つまり弁護士の経済的価値の下落はさらに進むことになり、優秀な人材はさらに遠ざかります。弁護士が増えるほどに競争・淘汰によって、良質化や低額化が進むわけでもなく、逆にその淘汰の過程のしわ寄せは利用者の自己責任で片付けられることがはっきりした「改革」の現実からすれば、「理念」の先に見通せるほど、利用者にとって有り難いものになるかは、むしろ疑わしいといわなければなりません。結局、利用者も無視していることにつながっているようにみえます。

     「決定的に志望者が減ってしまうまで、この流れは変わらないのではないか」。まさに袋小路に入ってしまった現実を、こう悲観する声が、弁護士界内で聞こえはじめています。法曹養成制度の今後も、法科大学院の存続も、法曹志望者減も、およそ国民の関心事とはいえないだけに、前記「読売」のような大マスコミの取り上げ方は、あるいはそのまま、「そういうもの」して、多くの国民に伝えられ、理解されてしまうかもしれません。しかし、現実的なことをいえば、われわれにとって有り難くない未来は、ずっと後にやってくるのです。「改革」の自己目的化、一体、何から逆算された「改革」が止まらないのかは、今、問われるべきことなのです。


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    新司法試験批判と法科大学院の認識の問題

     今回の司法改革の結果として、新司法試験がここまで目の敵にされることを想定していなかった、という法曹関係者は少なくありません。どういうことかといえば、新制度が司法試験合格者を出せないという結果を招いた場合に、合格レベルに達している卒業生を出せない法科大学院側ではなく、合格させない司法試験側に責任がある、と、ここまでいわれる形になるとは考えていなかった、ということです。

     確かに「点から線へ」といわれた、今回の「改革」の当初、その新プロセスのなかに「点」である司法試験を残すことを否定的にとらえる意見はありました。つまり、法科大学院制度が旧司法試験に変わる資格付与への完全な関門にならなければ意味がないし、新制度においても司法試験が法科大学院の価値を左右しかねない、と。

     でも、当時、法曹界内の「改革」推進派でさえ、多数派は、司法試験をなくすという選択は、あり得ないととらえていました。増員政策を前提に法科大学院を中核とする新法曹養成制度に移行しても、合格者のレベルは絶対に落とすわけにはいかないとしていた最高裁にしても、試験を管轄してきた法務省にしても、司法試験での最終選抜という形は譲れないところであったし、それこそ法曹養成への実績未知数の法科大学院に中核的地位を与えるところまでが、いわば法曹界側の限界だったという現実があったのです。

     それでも「改革」によって、司法試験の性格は変わったとされています。法科大学院が法曹養成の中核たる地位を占めることになったのに伴い、司法試験は、その教育の結果を検証する、いわば「効果測定」となったということです。しかし、ここにも「改革」の同床異夢的、同音異義的な捉え方の違いが、合格者を輩出できないという「結果」の前に鮮明になったといえます。

     つまり、司法試験の側からすれば、文字通り、修了者のレベルを法科大学院側が担保することを前提に、これまで通り、関門として検証するという捉え方になるのに対し、法科大学院側はその教育の検証に足るだけの「測定」で足り、その教育を踏まえ、沿ったものになければならないととらえ、司法試験合格率が伸び悩むと、現行司法試験がそれにかなっていないと強調し始めたのです(「伝わっていない司法試験『選抜機能』の危機」)。

     言い換えれば、司法試験の合格率が伸びないという現実を挟んで、司法試験側はこれが形式的な「効果測定」の関門になっていない(できない)現実は、一定レベルの修了者を輩出できていない法科大学院側の教育の責任であるとみるのに対し、法科大学院側はこれが制度に忠実に、「効果測定」の役割を果たしていない現在の司法試験の責任、とみることになっているのです。

     しかし、これはどう考えても、司法試験側に分のある言い分といわなければなりません。司法試験は法曹に必要な学識や応用力を判定することが目的(司法試験法第1条)とされていますが、いうまでもなく、これは資格制度にとって、あるいは法曹養成にとって必要なことです。法科大学院を修了しながら、それを満たしていないという現実があるのならば、むしろよりこれは厳格に機能しなければならないはずです。これを度外視して、この現実を生み出している法科大学院教育に合せろ、というのであれば、それは法科大学院の自己目的化といわざるを得なくなります。

     しかも、そうすべきだったかどうかの評価はともかく、増員政策を前提とした新制度のなかで司法試験側は、ギリギリまで譲歩した、という見方もあります。つまり、目標の年合格3000人を達成したくても、レベルからいってさすがにこれ以上は無理というところが2000人程度までだった、というものです。司法試験側が、あたかも非協力だった結果というのは当たらない、ということです(「新法曹養成制度の実力という視点」)。

     ところが、最近も「Law未来の会」の代表理事である久保利英明弁護士が、4月に開催する「現役弁護士が司法試験を解いてみた――AI時代にこれでいいのか」という本の 出版記念パーティーへの案内のなかで、こんな認識を示しています。

     「当会は、2014年5月の設立以来、ロースクール(法科大学院)制度を発展させることにより、社会が求めている幅広い知識と経験をもつ法曹を増やすという理念の下、活動を続けてまいりました。残念ながら、この間、司法試験の合格者は、1500人台にまで落ち込み、法科大学院への入学者は、2017年度は、1704人と伝えられています」
     「法科大学院制度を導入した司法改革の理念が危機に瀕しています。この危機をもたらしている最大の原因が、法科大学院を修了しても2割程度しか合格できない司法試験にあることは明らかです」

     この本では、久保利弁護士を含めたベテランや若手の弁護士が現在の司法試験に挑戦した結果をもとに、司法試験の内容の不当性をいいたいようで、この案内でも同弁護士は「今のような試験を変えなければ、日本の司法、そして社会に未来はないと確信」した、とまでしています。その手法の評価は置くとして、問題は合格者減、志望者減が生まれ、「司法改革の理念」の危機をもたらしている最大の原因が司法試験である、という認識です。

     まるで合格者減、志望者減が、この「改革」の増員政策とそれを前提とした法科大学院制度の紛れもない結果であることを認めず、そこから目をそらさせようとする認識に読めます。もっとも、あえていえば、やはり彼がここで法曹養成や司法の危機といわず、「司法改革の理念」の危機としているところに注目してしまいます。現実に起きていることの影響を早く食い止めるために直接の原因を除去すること、あるいはその本当の原因を直視することよりも、「理念」を絶対視する立場から、当然のように繰り出されている言葉にとれます。まさに自己目的化といっていいかもしれません。

     もはや法科大学院応援団の論調としては、当たり前と言う声も聞こえてきそうです。しかし、この「改革」て与えられた中核たる地位が、どこまでのことを背負ったのかの自覚にかかわるような、法科大学院関係者とその応援団の司法試験責任論を目にすると、やはり「改革」はいまだ見直しのスタートラインに立ってない、という気持ちにさせられるのです。


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    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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