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    法科大学院制度の「勝利条件」

     「法曹コース」新設と法科大学院在学中受験容認という、時間的負担経験策で志望者の回復を狙った、6月19日成立の改正法(「法曹資格取得『時短化』法成立が意味するもの」)について報じた、同月20日付け日本経済新聞朝刊の記事には、次のような文面が登場します。

     「法科大学院を経ずに司法試験の受験資格を得られる予備試験が法曹への最短コースととらえられ、出願者が年々増えてきた」
     「法曹コースを順調に進めば、法曹資格を得るまでの期間は大学4年で予備試験に合格した場合と同じ。一橋大法科大学院の山本和彦教授は『学生の経済的負担が減ることで、法曹への道を勧めやすくなる』と評価する」
     「『多くの学生は予備試験と法科大学院の両にらみで勉強を進める。どちらを選ぶかは読みづらい』(司法試験予備校)と慎重な見方もある。弁護士志望の東大1年の男子学生(20)は『早く社会に出たいので6年でも長い』と予備試験合格を目指す考えだ」

     ここで記事が伝えようとしていることも、その切り口も、もはや目新しいものは何もない、と感じる方も少なくないと思います。「法曹への最短コース」ととらえられた予備試験に学生が流れ、それが志望者減の主因であると(本心からそう認識しているのかはともかく)位置付けた、法科大学院制度擁護派によって、まさに早期資格取得という、いわば敵対相手の土俵で勝負する改正法が登場し、目下、それがもたらす限定的な時間的経済的負担軽減の効果が、関係者の関心事となっている――。

     大学入学から法曹資格を得るまでの最短期間を現行の8年弱から6年に縮める、ということを、改正法のメリットとして、新聞各紙はこぞって伝えています。しかし、いうまでもなく、これを予備試験と法科大学院の競争条件としてみれば、志望者にとっての、要はそれだけの違いがもたらす経済的時間的負担軽減と、現行法科大学院教育の「価値」が、どう志望者予備軍たちに見積もられるかが、競争の結果を決めることになります。

     そう考えれば、記事の「6年でも長い」という東大生のコメントには、「背理」とまでいわれた、身内の制度擁護派の反対を振り切って、「時短化」で勝負に出た改正法の、いわば勝負どころの選択ミスの可能性を匂わす効果があるようにも見えてきます。

     この改正法の真の狙いは、法科大学院の対「予備試験」での競争条件の改善である、という見方がある(「法曹養成見直し2法案審議が映し出したもの」)ことにひっかけて、あえて言うのであれば、今、本当に問われるべきなのは、むしろ真の「勝利条件」の方ではないでしょうか。別の言い方をすれば、「改革」によって創られた、この制度は、一体、何を背負ったはずだったのか、ということについてです。

     法科大学院制度が示さなければならないのは、あくまで法曹養成における新プロセスの「価値」のはずです。志望者が資格取得への最短コースにひかれ、予備試験に流れた、というのは、現象としては正しく伝えている表現かもしれませんが、同時にこれは、「時短」に代わる「価値」を新プロセスが示せなかった、示せていないことを意味します。

     もともと誰が見ても、旧試体制に比べて、新制度は時間的経済的負担を課す制度であることは明らかでした。つまり、そもそもの新制度側の「勝利条件」でいえば、志望者がそれでも経由すべき、法曹として明らかに違いが出る知識・技能や、司法試験の選抜を通過するレベルの能力の取得、そして旧試体制を上回る、修了者の法曹としての、社会的評価を獲得しなければならない。有り体にいえば、ただ早く資格取得に辿りつけるというところが勝負どころではなく、それでも新プロセスを通過することが確かに妥当である、という明らかな違いが示せなければ、この勝負には勝利できないのではないか、ということです。

     それは対予備試験以前に、対旧試体制に代わるものとして、法科大学院中核論が背負ったもののはずでした。つまり、司法試験の厳しい選抜機能によって、厳格に選抜された人材に、実務家が司法修習によって鍛えてきた旧制度よりも、新プロセスは、法曹養成にとって優れた効果を生む、ということでなければならない。
     
     こういう話になると、これまで法科大学院関係者を含めた制度擁護派からは、優れた人材も輩出されているとか、修了者が社会にもっと輩出され、行き渡ることが必要(そうなれば、必ずや社会も旧試体制よりも高い評価をするはず)といった、弁明を耳にすることがありました。

     しかし、こうした勝負未決着論といえる、論調は、いつまで繰り出され、いつまでそれに付き合わなければならないのでしょうか。そもそも修了の司法試験受験要件化への執着や予備試験への制限欲求を含め、強制化のシステムに依存しなくても、提供する「価値」によって制度が評価されたり、選択されると道を目指すことへの自信や自覚を疑いたくなる面は、この制度にはずっとつきまとってきました(「法科大学院『本道』をめぐる現状認識と自覚の問題」 「受験資格化を必要とする理由」  「法曹志望者回復をめぐる発想と誤解」)。

     今回、改正法がある意味、正面から、「時短化」で、なんとか競争を有利に展開しようと、「予備試験」ルートとの勝負に打って出たことは、むしろその制度的体質から生み出されているようにみえます。志望者減が法曹界にとって深刻であり、喫緊の課題である、ということもしきりと言われていますが、それが身内の制度擁護派の中からも制度の「終わりまの始まり」と警告された手段に打って出た、口実になっている面は否定できません。有り体にいえば、制度擁護派は、この改正法案をめぐり、あくまで勝負未決着を掲げ、さらなる制度優遇策での局面打開に期待する側と、予備試験と同一の土俵にのっても「時短化」で手っ取り早く志望者を奪還することの方を期待する側に割れた、ようにもとれるのです。

     前記日経の記事に登場する関係者の言葉には、もはや時間的経済的負担を軽減しなければ、法科大学院を経た法曹への道を勧めにくい、ということを法科大学院関係者が本音では認め、さらにはこの「時短化」政策によっても、学生が法科大学院を選択するかどうか未知数であることを、予備校関係者が認識している現実が映し出されています。

     しかし、この「時短化」による新たに「競争条件」の効果に関心が集まる中で、本当はその成り行きよりも、一時的な志望者回復効果で満たさないはずの、法曹養成と法曹界の未来がかかった、「勝利条件」が問われない制度のなりゆきをもっと気にしなければならないはずです。


    「予備試験」のあり方をめぐる議論についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/5852

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    法曹資格取得「時短化」法成立が意味するもの

     「法科大学院 生き残り狭き門」。資格取得までの時間的負担軽減で、法曹志望者をなんとか回復することを狙う政府法案が成立した6月19日の朝日新聞朝刊は、「法曹養成2年短縮 きょう成立へ」というタテ見出しとともに、こんなヨコ見出しが打たれていました(朝日デジタル)。

     法曹養成関連では、いつもながら法科大学院本道主義ありき、と言いたくなる朝日の記事ではありますが、そもそもこの法案成立にあてがった記事の見出しとして、これはどのように解釈すれば良いのでしょうか。この法案は法科大学院の生き残りがかかっている、あるいはそうした現状が、こうした「理念」的には苦しいが、背に腹は変えられないという内容の法改正に至った、ということを伝えたかったのでしょうか。

     それとも、あえてより皮肉めいた読み方すれば、この改正法成立をもってしても、志望者回復への根本的な打開策にはならず、法科大学院の「生き残り狭き門」の状況が続くことを暗示したのでしょうか。それは否定するのかもしれませんが、そうとられることを想定していないとすれば、それもなにやら奇妙な感じかします。

     この記事で朝日は、既に半数以上が撤退した法科大学院の現実の中で、学生を獲得し、修了者の高い合格率を維持している一橋大法科大学院と、学生募集を停止した近畿大・北海学園大の各法科大学院の「明暗」にスポットを当てています。これもあるいは、記者の意図したところとは違うのかもしれませんが、少なくともこの記事を読む限り、「明」の決め手は、学生の「自主ゼミ」と弁護士が法的文章を書く指導をする仕組み。「暗」の原因は、修了者の司法試験合格率の伸び悩みと、合格者の就職難、そして予備試験の影響、ということになりそうです。

     なんの予備知識もなく、この記事を読んだ人は、今回の法案が狙うところと、いかに関係ないところで、法科大学院の明暗が分かれている現実があるのか、という印象を持ってもおかしくありません。強いて言うならば、やはり対「予備試験」というところしか、つながりを見出しにくい。そう考えてしまうと、この記事のヨコ見出しが、この改正法によっても厳しい法科大学院についての悲観的な見通しを暗示した、という深読みも、あながち外れていないように思えてきます。

     この改正法成立については、今、少なくとも二つのことを確認しておく必要があります。一つは、この成立によって、ついに法科大学院が司法改革当初からの「理念」と矛盾する、あるいはそれをかなぐり捨てて、生き残りを模索する選択に踏み出した、ということです。今回の改正法が可能とする、法科大学院在学中の司法試験受験については、当初から制度擁護派からも強い反発が出ました。「理念の放棄」「法科大学院の終わりの始まり」「背理」という厳しい声が、身内から出ているものを、それでも選択した。初めて制度擁護派は、「理念」の下に折り合うことなく、分裂することになったといえます(衆院文科委員会審議「法科大学院在学中受験『容認』という末期症状」)。

     そして、このことは、いよいよプロセスを経由することを必須とする理念を脇においても、早期合格の実績を目指すことが、志望者を獲得し、制度を生き残らせる道であることを関係者に、より強く意識させるものになるはずです。

     そして、そのつながりで、当然、確認しなければならないのは、予備試験との関係です。今回の法改正の本当の目的は、法科大学院にとっての、予備試験との競争条件の優位化にある、という的確な指摘がありました(前出文科委員会審議)。以前から「抜け道」と揶揄し、学生を奪われる結果になっている元凶として目の敵にしてきた制度に対し、法案は早期合格という、いわば相手の土俵で勝負する選択をしたことになります。

     これが果たして本当に、法科大学院側に根本的に学生を呼び戻すための、優位な条件を生み出すのか、予備試験ルートに勝利するのかについては、経済的観点が抜け落ちていることからも、疑問があります。ただ、制度側がはっきりと「敵対政策」を打ち出してきた点は注目しなければなりません。

     それは制度擁護派分裂の中で、この「敵対政策」の必要性については、逆に共通の意識を強めている観もあるからです。在学中受験容認を含む法案に反対した制度擁護派は、競争条件の優位かではなく、まずは直接的な予備試験ルートの制限策必要であることを唱え、この点で制度擁護派は共通していることを強調しています。

     朝日は、この法改正に関連する3月14日の社説で、法案の志望者負担軽減での再生に理解を示しながら、理念が脇に追いやられる恐れを指摘し、関係者の進路指導での一層の工夫を求めながら、予備試験の制限・合格基準見直しを「必須」とまで言っていました。今回の記事でも、同様の必要性を言う関係者の声で、記事を締め括っています。

     制度擁護派分裂のなかで、彼ら共通の次の射程と政策の着手は、より近付いてきているという印象を持ちます。改正法の「敵対政策」の効果が不足であれば、制度擁護派はいよいよ一丸となって、その矢を放って来るとみるべきではないでしょうか。

     前記朝日の法科大学院の「明暗」に触れた記事は、北海学園大法科大学院の予備試験に対する、こんな本音のコメントを載せています。

     「(予備試験に)合格すれば、法科大学院未修了でも司法試験の受験が可能になったことで、『法科大学院のニーズを大きく引き下げた』」

     これが正しい引用かも、また、他の法科大学院関係者が、どのくらい同様の本音を持っているかも分かりません。ただ、これを読む限り、高い「理念」を掲げながらも、「法科大学院のニーズ」とは、そもそもがやはり受験機会の可能性で敗北を喫してしまう程度のものとして認識されていたのではないか、という気がしてしまうのです。つまり、そもそもがそれを超えるニーズで、勝負をすることを「覚悟」した制度ではなかったのではないか、と。

     そのことが、この法改正によって、はっきりしたということも、あるいは今、改めて確認しておくべきことなのかもしれません。


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    法曹養成と弁護士をめぐる「認められない」認識

     法科大学院本道主義にしがみつく立場の方々は、法曹志望者減という現実を前にしても、「改革」の弁護士増員政策の影響という視点を、極力持ちこまない傾向にあるようにとれます。これまでも書いてきたように、増員政策の失敗によって、弁護士という資格の経済的価値は大きく棄損され、その意味で、志望者にとってかつてのような魅力がある資格ではなくなった。このことを志望者減少の決定的な要因として受けとめている人たちは、いまや弁護士会内に沢山います。

     法科大学院制度を中核とする新法曹養成は、法科大学院修了を司法試験の受験要件とすることで、志望者に経済的時間的負担をかけていることは事実ですが、あくまでそこは、前記資格取得後のリターンに見合うかどうかでかかわっている要因に過ぎません。現在、行われようとしている法科大学院制度見直しの発想では、ある意味、その時間的負担によるマイナス面だけを認め、時短策でなんとかしようとしています(「法曹養成見直し2法案審議が映し出したもの」)。

     また、制度擁護派の中に根強くある、司法試験元凶論、つまり司法試験に受かりやすい制度、しかも法科大学院側ではなく、司法試験がもっと合格させさえすれば志望者は帰って来るという論調も、全くその先の弁護士資格の経済的価値の異変を度外視している、といわざるを得ません。

     そして、これが「改革」路線主流の発想であるがゆえに、現在の「改革」見直し論議のなかのどこにも、弁護士の経済的価値を復活させる方向の具体的な方策も議論も見つけ出すことができません。

     前記したような発想の制度擁護派が、どこまで本気で、このままの弁護士の状況でも志望者が返って来ると考えているのかは分かりません。しかし、彼らがなぜ、そういう発想を採らざるを得なくなっているのかは簡単に推察できます。

     いうまでもなく、そうでなければ、いよいよ法科大学院制度にとって、致命的な結論を導き出しかねないからです。弁護士資格の価値の毀損に踏み込めば、弁護士会内から聞こえてくる増員政策の失敗による生んだ供給過多解消という状況に向き合わなければならなくなる。その結果、合格者減が現実的政策として選択されることになれば、大学起こしとして始めたはずの法科大学院の経済的妙味がなくなるどころか、根本的に現在のような制度としてはもちこたえられなくなる――。

     したがって、法科大学院制度維持を前提に考えれば、志望者減という状況も弁護士の増員基調のなかで解消されるというシナリオを描かなければならない。そのために、たとえ弁護士の経済的異変があっても、それは増員によって、如何ともしがたい供給過剰が生じているとは決してとらえない。旧態依然とした弁護士の業態によるニーズのミスマッチ論も、ニーズはまだまだある論も、数が需要を生み出すという開拓論も、要は弁護士の努力次第で何とかなる未来に、むしろ延々と期待をつなげざるを得ない状況に陥っているのではないでしょうか。

     「改革」路線に対するスタンスの違いによって、「改革」がもたらしている法曹養成と弁護士の現状について、全く違う認識が示された、というよりも、その認識の違いを鮮明にすることにこそ意義があったというべき、あるシンポジウムの記録が、今、ネットに公開されています。札幌弁護士会が昨年9月14日に開催し、同会ホームページで抄録を公開している「これからの法曹養成制度を考える~法曹養成の危機にどう向き合うか?」と題したシンポジウムです。パネリストの久保利英明弁護士と森山文昭弁護士は、ともに法科大学院教育にかかわる経験を持ちながら、「改革」路線に対するスタンスを全く異にしている二人(「新司法試験批判と法科大学院の認識の問題」 「『生き残り』策に引きずられない法科大学院中核論」)。詳しくは是非お読み頂ければと思いますが、これを読む限り、予想通り、少なくとも法曹養成の現状認識ではほとんどかみ合っていません。

     現在の志望者(志願者)減の根本的な原因はどこにあると考えるか、というコーディネーターの問いかけに、森山弁護士は「弁護士業界の地盤沈下」と、法科大学院を修了しないと基本的に法曹資格が取得できない制度のおカネと時間の負担を挙げ、「果たして現在の法曹界というのがそれに見合った仕事だと言えるのかという、そういう疑問がやはり志願者が減ってしまった一番大きな原因」としました。

     これに対して、久保利弁護士は「(原因は)簡単なことであって、要するに司法試験に受からないのではないかという不安感、これが、そんな難しい試験を受けてもしようがないというところにつながっている」と。当初修了の7、8割の司法試験合格のはずが2、3割しか受からず、未修者は壊滅状態、3000人合格のはずが1500人で低迷、「弁護士になっても食えないというのを日弁連の中にも一生懸命おっしゃっている人」がいて、「これはだめだというふうに見限られたのかもしれない」としました。

     合格率1~2%でありながら、志望者が殺到していた旧司法試験では、志望者に受からない不安感がなかった、とでも、久保利弁護士は言うのでしょうか。驚くべきことに合格率や合格者数の低迷は、そうした受験資格のためにプロセスを強制しながら合格レベルの人材輩出できていない法科大学院の実力の問題でも、無謀な増員政策の失敗でもなく、徹頭徹尾、受からせなかった司法試験が悪い、とおっしゃっているように聞こえます。

     そのほか、弁護士に関する印象的なやりとりをピックアップしてみます。

     「(新人弁護士の)需給バランスの回復、これはもう終わっている」「現実には、初任給はどんどん上がっている。むしろ、人がとれないという悲鳴がそこら中から上がっている」「やはり大勢の人をロースクールから輩出して、それをどんどん弁護士なり法曹にしていく。合格率と合格者数を増やすことで解決するのではないか」(久保利弁護士)
     「弁護士業務全体の需要と供給のバランスはまだ回復していない」「とりあえず、司法試験の合格者数を減らして、弁護士の供給過多の状態を改善しないと根本的には解決しないのではないのか」(森山弁護士)
     「私は、需要と供給というのをバランスという考え方ですることはできない。むしろ、ある程度の人たちがいる中で開拓して、しっかり役に立てるようなビジネスモデルをつくっていく。こういうことがあって初めて、経済というものも成長するし、職業というものも成長する」(久保利弁護士)
     「現状を見れば、明らかに需要を供給が上回っており、その結果、弁護士の所得水準は下がっているし、手持ち事件数も少なくなっている。裁判事件数も相談件数も増えていないのに弁護士の数だけどんどんどん増えていっているわけですから、これだけ見ても需要を供給がどんどん上回っているということは明らか」(森山弁護士)
     「逆に、増えていないのに弁護士をやめている人は少ない。とても食えないから、高い弁護士会の会費を払えませんと言って、どんどんやめていくかと思うとやめない。ということは、やっぱり何かで食っている」「森山さんのおっしゃっているような需給バランスというのを壊すことから、実は新しい弁護士の活動は始まっていく」(久保利弁護士)
     「(裁判事件だけでなく、予防法学的な弁護士の仕事が大事という点で二人の考えは変わらないと思うが) どこが違うかというと、久保利さんは、そういう社会を、弁護士の数を増やすことによって、今の何かしらの壁を打破して作ろうと、お考えだろうと思うが、本当にそれでできるのかということを私は考えている。その実験を既にやってきた、10何年来にわたって。どんどんどんどん先に人数を増やしたが、その結果、久保利さんが嘱望しておられたような社会になったかというと、やっぱりならない」(森山弁護士)

     開拓を含めた、数への期待に終始する久保利弁護士は、森山弁護士が指摘したように、この10年の「改革」が出した結果が全く目に入っていないようです。弁護士を増やしても、その増員弁護士が持ちこたえられる需要はあらかじめ念頭になくてもよく、自然と新たな弁護士のスタイルが生まれるといっているように聞こえる久保利弁護士の発想は、「それで有り難いと思う人もいるはず」と言っているようにしか聞こえません。

     そして、この生存バイアス的ともいえる描き方で、経済的妙味が減退した弁護士の現実を語ったところで、この世界を見切りつつある志望者にどこまで響くのだろうか、と考えてしまいます。そして、なによりも前記した法科大学院擁護派同様、久保利弁護士のなかのシナリオからすれば、やはり森山弁護士の現状認識は、どこまでも認められないのだろう、ということを感じてしまうのです。


    地方の弁護士の経済的ニーズについてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4798

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    法曹志望者回復をめぐる発想と誤解

     政府と国民民主党等からそれぞれ提出された法曹養成見直しの2法案が審議された衆院文部科学委員会での参考人の発言(「法曹養成見直し2法案審議が映し出したもの」)を聞くと、改めて「予備試験」という存在が、法科大学院制度を擁護したい側にとって、いかに目の上のたんこぶなのか、ということを思い知らされます。

     発言者のうち、政府法案賛成者、同案に批判的な制度擁護論者は、口をそろえて予備試験ルートを制限する必要性に言及。それをやれば、辛うじて同試験でつないでいる法曹志望者を失うだけでもってのほかと、強く反対したのは、野党案に賛成した伊藤真弁護士だけでした。

     法科大学院制度擁護者の立場では、これは見直しの順番の問題だけで、今回の政府案にはなくても、いずれ予備試験はなんとかしなくてはいけないこと、同試験の運用が彼らのいうところの本来の趣旨から逸脱していることは、共通認識といったニュアンスでした。

     その「本来の趣旨」として言われてきたことは、改めていうまでもなく、予備試験は経済的な理由で法科大学院に進めない志望者が利用するものということです。しかし、これも書いてきたように、少しでも経済的な負担を軽くし、早く資格を取得したい、しかもそのことによって法曹として決定的に何かマイナス要因を背負うとは思えない、と志望者が判断できた場合、そこに投資しないという選択、それを今後の修習生活その他に回したいということだって、りっぱな経済的理由といえなくありません。

     それを考えると、彼らが強弁してきた「本来の趣旨」の本当の意味は、何よりも法科大学院本道主義が守られる、とことなのではないか、と疑いたくなるのです。予備試験ルートは、創設議論の段階から、本道護持の立場から、もともと彼らが志望者流出を懸念していた制度ではありますが、結果として案の定流出がはっきりすると、途端にこの論法を声高に主張し出したのを見ても、その印象を強く持ちます。

     政府法案に批判的な制度擁護論者の立場から出席していた参考人である、須網隆夫・早稲田大学大学院法務研究科教授は、政府案提出の真の動機は、「予備試験との競争条件の改善にある」とし、なぜか、その真の動機が語られない、としました。法曹コース、法科大学院在学中受験の容認という、資格取得まで時短化政策で、予備試験との志望者獲得の競争に、法科大学院が有利にさせようとするのが目的なのだ、ということです。

     須網教授は、法科大学院入学者数に改善の兆しがある(「Schulze BLOG」)ことも挙げ、その意味でも在学中受験容認にまで踏み出す法案を提出するタイミングの問題も指摘しています。ただ、予備試験との「競争条件」という言葉を聞いてしまうと、法科大学院の理念の危機を掲げて、政府法案を問題視する制度擁護派も、予備試験制限優先という、政府案よりももっと手っ取り早い、法科大学院にとって有り難い競争条件の改善策をとれ、といっているように聞こえてきます。

     政府法案の前記「真の動機」が語られない、という現実があるとすれば、なぜなのだろうか、という気もします。「競争条件」としての「効果」の弱さが正面から問われることになるのを避けたいからなのでしょうか。しかし、時短化にしても、予備試験制限にしても、予備試験を敵視しながら、明らかに勝負どころを間違っています。

     何度も書いているように、勝負を決めるのは、志望者に選択される「価値」と考えるべきです。負担軽減といわれますが、負担するだけの「価値」が認められていない、もっといえば、「価値」があれば、それはもはや負担ではない、というところに至れない制度の発想があるのです。

     しかも、法曹養成ということを考えたときに、この発想は法科大学院制度にとってではなく、社会にとってどういう「有り難い」意味を持つのでしょうか。時短化への期待によって、あるいは今後行われるかもしれない何らかの予備試験ルート制限によって、新たなに法科大学院ルートを選択するという人材が増えること。それは、予備試験ルートを選択して法曹になることの比較において、志望者本人と社会にとって、本当に「価値」があることなのでしょうか。優秀な人材がより志望したくなる「価値」を、この話のどこに見つけたらばいいのでしょうか。

     政府案賛成の参考人である山本和彦・ 一橋大学法学研究科教授からは、冒頭、ずらずらとこれまでの法科大学院制度の成果が並べられましたが、本当はそこが勝負どころであり、そこの説得力にかかっているというべきです。一部の修了者のなかにはこんな人もいる、あんな人もいる、という話。それを予備試験ルートでは叶わない、本道の「価値」として、志望者と社会が認めるのかどうかです。

     参考人の伊藤弁護士は、こう語っています。

     「法科大学院制度は、大学との関係でいえば、大学の生き残り策として生まれたもの。大学が司法試験予備校から学生を取り戻すのが目的だったが、それは失敗した。今回の政府案は、法科大学院の生き残り策であり、予備試験から法曹コースに学生を取り戻すことが目的。しかし、先の失敗から何も学ばずにいるため、これも再度失敗するだろう」
     「制度、すなわち権力の力で学生を動かそうとしても無理。どんな制度になっても一人一人の受験生は、自分の人生を賭けて最善の道を選ぶ」

     まず、問われるべきなのは、延々と引きずることになっている、誰にとっても有り難くない、この「改革」の発想といわなければなりません。


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    法曹養成見直し2法案審議が映し出したもの

     法曹志望者減という「改革」が生み出した法曹養成の現状を打開するために、政府と野党が提出した二つの法案。片やいわゆる法学部3年プラス法科大学院2年の法曹一貫コースと、法科大学院在学中の司法試験受験容認でなんとか志望者を回復しようとする政府案。片や司法試験受験資格を法科大学院修了者と予備試験合格者に限定している現行制度の廃止などを打ち出した国民民主党等提出の野党法案。この二つの「改革」の結果に対する立ち位置の違いは、まさにドグマに陥っている法科大学院本道主義、あるいは司法審路線そのものを象徴しているようにとれます(「法科大学院制度廃止法案の登場」 「法曹養成見直しにみる『無自覚』と司法試験への共通認識」)

     なぜならば、いうまでもなく、この2法案がいま提示されている現実の根底には、なぜ、法曹養成の議論は法科大学院中心主義に縛られるのか、そして、今後も縛られ続けなければならないのか、という問題が横たわっているのが明らかだからです。有り体にいえば、その呪縛を当たり前のようにとらえるか、否かが、この2法案の立場を分けているのです。

     両法案が審議された4月23日の衆院文部科学委員会に招致された4人の参考人の発言は、ある意味、そのことを改めて浮き彫りにしているといえます。招致されたのは、山本和彦・ 一橋大学法学研究科教授、弁護士法人三田パブリック法律事務所所長の三澤英嗣弁護士、伊藤塾塾長の伊藤真弁護士、須網隆夫・早稲田大学大学院法務研究科教授。法科大学院制度擁護の側から政府法案を支持する立場、同じく擁護の側から政府案の在学中受験容認などを批判する立場に対し、受験要件化を外すことで事実上法科大学院制度を廃止する野党案の登場で、いわば三つ巴の形になった法曹養成見直しの立場を反映した意見を、この日、この4人は陳述しました。

     法科大学院は、司法審が想定した「理論と実務の架橋」としての教育を実施し、想定通りの法曹を輩出するという成果を挙げているが、高校卒から資格取得まで最短8年かかる現状は時間的経済的負担という意味で魅力ある進路とはいえず、その意味で法曹コース、在学中受験容認の政府法案の立場は志望者へ大きなメッセージになるとする高橋教授。政府法案の3年プラス2年の法曹コース構想は在学中受験容認を十分踏まえた議論をしておらず、両者によって受験を目指す学生の負担は逆に重たくなるし、大学4年で予備試験を合格できるレベルの学生を両者の組み合わせで法科大学院が獲得したいという狙いでも、予備試験に制限がないため同コース法科大学院1年で同試験を合格すれば引き続き在学する必要はなくなり、この狙いは失敗するなどとする三澤弁護士。

     志願者激減の原因は法科大学院で、対策はそれを除去することであり、制度は多様性の確保、開放性・公平性の目的理念で失敗しており、それに向き合わない法曹養成制度改革は茶番として野党法案を支持した伊藤弁護士。そして、在学中受験の容認は、法科大学院カリキュラムの中に法曹にとって必要な部分とそうでないものがあると認めることで、理念の転換になり、予備試験の運用が現在の制度趣旨に合致していないのは明らかな同試験をそのままに法科大学院制度をいじるのは順番が違うという須網教授。

     志願者減のさらなる根本的な原因が法曹人口増員政策の失敗による弁護士資格の経済的価値の下落にあるというところに言及がなかったところを除けば、伊藤弁護士の指摘が、最も「改革」の現実を直視し、かつ路線に縛られない意見であり、当ブログで取り上げてきた見方にも合致しているものにとれました。しかし、実は4人の発言のなかで、ある意味、最も印象に残ったのは、須網教授が陳述の中で最後に述べた次の言葉でした。

     「1990年代末、いわゆる司法制度改革審議会の頃は、司法試験という一発のペーパー試験で測れる能力には限界があるんだ、だからプロセスという必要な専門教育を受けたことを重視していかなければいけないんだということに、法曹三者を含めたすべての方が一致されていたわけです。問題は、果たしてこの認識を今も維持するのか維持しないのかということが、やはり一つの大きな議論の分かれ道なのではなかろうかと思う」

     彼がここで言いたかったのは、その共通認識であったプロセスの重要性を、在学中受験容認の政府法案があいまいにしている、つまり、その揺るがせないはずの共通認識をもってして批判するニュアンスとして述べたようにとれます。しかし、あるいは彼が意図していたかどうかは別にして、もはや彼のいう「一発試験」の限界を含めた、プロセス重視の共通認識が崩れたところに「改革」論議の現実が至っていることを、この発言は示した、といえないでしょうか。

     伊藤弁護士は、旧司法試験に対する「一発試験」批判について、陳述の中で次のように反論していました。

     「一発勝負の弊害について説得的な論拠は何も明らかにされていない」
     「多様な人材が自分の意思で、年齢、学歴、受験回数など関係なく、法曹を目指せる。いつでも学習したい時に自由に学び、挑戦できる制度のどこが不合理なのか。実はこの自由に挑戦できる制度がこの国の法の支配を支えてきた」

     法科大学院本道主義が掲げてきた、「プロセス」重視の教育。しかし、須網教授のいう、司法審当時の大多数の共通認識は、果たして十分に旧司法試験との比較において尽くされた議論のうえに形成されていたのかどうか。法科大学院制度は、プロセスの成果、あるいは志望者にとってその負担を上回るほどのメリットを示せなかった。しかしそのことのみならず、そもそも「プロセス」は、伊藤弁護士指摘の疑問を含めて、十分考慮された選択であったのか――。

     「改革」の結果と法曹養成をめぐる議論の現在地は、そのことをわれわれに問いかけているようにとれます。そして、おそらくそれを分かっていながら認めない、どうしても認められないことが、結局、法科大学院存続が自己目的した「改革」路線の現実のようにみえてならないのです。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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