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    法曹資格取得「時短化」法成立が意味するもの

     「法科大学院 生き残り狭き門」。資格取得までの時間的負担軽減で、法曹志望者をなんとか回復することを狙う政府法案が成立した6月19日の朝日新聞朝刊は、「法曹養成2年短縮 きょう成立へ」というタテ見出しとともに、こんなヨコ見出しが打たれていました(朝日デジタル)。

     法曹養成関連では、いつもながら法科大学院本道主義ありき、と言いたくなる朝日の記事ではありますが、そもそもこの法案成立にあてがった記事の見出しとして、これはどのように解釈すれば良いのでしょうか。この法案は法科大学院の生き残りがかかっている、あるいはそうした現状が、こうした「理念」的には苦しいが、背に腹は変えられないという内容の法改正に至った、ということを伝えたかったのでしょうか。

     それとも、あえてより皮肉めいた読み方すれば、この改正法成立をもってしても、志望者回復への根本的な打開策にはならず、法科大学院の「生き残り狭き門」の状況が続くことを暗示したのでしょうか。それは否定するのかもしれませんが、そうとられることを想定していないとすれば、それもなにやら奇妙な感じかします。

     この記事で朝日は、既に半数以上が撤退した法科大学院の現実の中で、学生を獲得し、修了者の高い合格率を維持している一橋大法科大学院と、学生募集を停止した近畿大・北海学園大の各法科大学院の「明暗」にスポットを当てています。これもあるいは、記者の意図したところとは違うのかもしれませんが、少なくともこの記事を読む限り、「明」の決め手は、学生の「自主ゼミ」と弁護士が法的文章を書く指導をする仕組み。「暗」の原因は、修了者の司法試験合格率の伸び悩みと、合格者の就職難、そして予備試験の影響、ということになりそうです。

     なんの予備知識もなく、この記事を読んだ人は、今回の法案が狙うところと、いかに関係ないところで、法科大学院の明暗が分かれている現実があるのか、という印象を持ってもおかしくありません。強いて言うならば、やはり対「予備試験」というところしか、つながりを見出しにくい。そう考えてしまうと、この記事のヨコ見出しが、この改正法によっても厳しい法科大学院についての悲観的な見通しを暗示した、という深読みも、あながち外れていないように思えてきます。

     この改正法成立については、今、少なくとも二つのことを確認しておく必要があります。一つは、この成立によって、ついに法科大学院が司法改革当初からの「理念」と矛盾する、あるいはそれをかなぐり捨てて、生き残りを模索する選択に踏み出した、ということです。今回の改正法が可能とする、法科大学院在学中の司法試験受験については、当初から制度擁護派からも強い反発が出ました。「理念の放棄」「法科大学院の終わりの始まり」「背理」という厳しい声が、身内から出ているものを、それでも選択した。初めて制度擁護派は、「理念」の下に折り合うことなく、分裂することになったといえます(衆院文科委員会審議「法科大学院在学中受験『容認』という末期症状」)。

     そして、このことは、いよいよプロセスを経由することを必須とする理念を脇においても、早期合格の実績を目指すことが、志望者を獲得し、制度を生き残らせる道であることを関係者に、より強く意識させるものになるはずです。

     そして、そのつながりで、当然、確認しなければならないのは、予備試験との関係です。今回の法改正の本当の目的は、法科大学院にとっての、予備試験との競争条件の優位化にある、という的確な指摘がありました(前出文科委員会審議)。以前から「抜け道」と揶揄し、学生を奪われる結果になっている元凶として目の敵にしてきた制度に対し、法案は早期合格という、いわば相手の土俵で勝負する選択をしたことになります。

     これが果たして本当に、法科大学院側に根本的に学生を呼び戻すための、優位な条件を生み出すのか、予備試験ルートに勝利するのかについては、経済的観点が抜け落ちていることからも、疑問があります。ただ、制度側がはっきりと「敵対政策」を打ち出してきた点は注目しなければなりません。

     それは制度擁護派分裂の中で、この「敵対政策」の必要性については、逆に共通の意識を強めている観もあるからです。在学中受験容認を含む法案に反対した制度擁護派は、競争条件の優位かではなく、まずは直接的な予備試験ルートの制限策必要であることを唱え、この点で制度擁護派は共通していることを強調しています。

     朝日は、この法改正に関連する3月14日の社説で、法案の志望者負担軽減での再生に理解を示しながら、理念が脇に追いやられる恐れを指摘し、関係者の進路指導での一層の工夫を求めながら、予備試験の制限・合格基準見直しを「必須」とまで言っていました。今回の記事でも、同様の必要性を言う関係者の声で、記事を締め括っています。

     制度擁護派分裂のなかで、彼ら共通の次の射程と政策の着手は、より近付いてきているという印象を持ちます。改正法の「敵対政策」の効果が不足であれば、制度擁護派はいよいよ一丸となって、その矢を放って来るとみるべきではないでしょうか。

     前記朝日の法科大学院の「明暗」に触れた記事は、北海学園大法科大学院の予備試験に対する、こんな本音のコメントを載せています。

     「(予備試験に)合格すれば、法科大学院未修了でも司法試験の受験が可能になったことで、『法科大学院のニーズを大きく引き下げた』」

     これが正しい引用かも、また、他の法科大学院関係者が、どのくらい同様の本音を持っているかも分かりません。ただ、これを読む限り、高い「理念」を掲げながらも、「法科大学院のニーズ」とは、そもそもがやはり受験機会の可能性で敗北を喫してしまう程度のものとして認識されていたのではないか、という気がしてしまうのです。つまり、そもそもがそれを超えるニーズで、勝負をすることを「覚悟」した制度ではなかったのではないか、と。

     そのことが、この法改正によって、はっきりしたということも、あるいは今、改めて確認しておくべきことなのかもしれません。


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    「志」を持った志望者にとっての「改革」

     法曹界の人と話していると、今でも法曹志望者には「弱者のために働きたい」とか、「市民の役に立つ仕事がしたい」という動機で、この世界にくる人が多い、ということを強調される声に出会います。統計的な裏付けがあるとかではなく、多くは印象的な話ではありますが(そもそもアンケートでの回答があっても、それが本音かは別として)、おっしゃっていることは分からなくもありません。

     そして、少なくともいまだ社会的な意味でも、弁護士はそうしたイメージが被せられやすい仕事であることも間違いありません。

     しかし、今の弁護士の現状を生んだ「改革」を肯定的に捉えている業界関係者が、そうしたニュアンスのことを強調し、それを「まだまだこの世界は捨てたものではない」という響きを持って、それを業界の未来への期待につなげるような言に出会うと、正直複雑な気持ちになります。端的に言って、この「改革」が、少なくともそうした志を持った人材にとって、以前より生きやすい世界を創った、あるいは創ろうとしている、とは、とても思えないからです。

     これまでも書いてきたように、弁護士の増員政策は、弁護士に一サービス業としての自覚を与えると同時に、「生き残り」ということを至上命題として強く意識させることになりました。有り体にいえば、それを意識しないで前記志にまい進してきた人材の「価値」よりも、その志を持たず、金儲けをする人材が、「あぐらをかいてきた(いる)」環境が、「改革」推進のなかで問題視され、ある意味、怨嗟の対象になった。

     ただ、「改革」の結果をみれば、後者のメリットがはっきりしないまま、前者のデメリットだけは、はっきりしてきた、といえないでしょうか。もちろん、「生き残り」がかかった現役弁護士の「覚悟」自体は、だれも責めることはできない。しかし、「改革」によって負の影響を受け、ある意味、見捨てられたのは、前記志であり、その志を持った志望者であり、そして、そうした志を持った人材に助けられてきた(助けられるはずだった)市民であるということもいえるはずなのです。

     法曹養成にしても、さらにその中でさんざん言われてきた「多様性」にしても、結局、そうした志をもった人材が志望しやすい、ということが、本当に配慮されていたようには思えません。だからこそ、そうした志がありながら、条件として断念した人材が沢山いる。こういうことを言うと、必ず「それは他のの職業でも同じ」「旧試でもそうだった」という意見が返ってきます。しかし、「改革」によって、少なくともそこがより配慮され、より前進したようには見えない。だからこそ、「改革」肯定論のなかで言われる冒頭のような言には、ある種のご都合主義を感じてしまうのです。

     それは、「改革」が志望者と社会に何を期待させたのか、という問題でもあります。改めていうまでもなく、増員政策は、増やしても弁護士が、およそ生存に困るような状況を連想させない、莫大な潜在ニーズの顕在化を期待させ(というかそれを前提とし)、「市民の身近になる」ことや「利用しやすくなる」ということの強調によって、より前記志が活かされる環境の誕生を期待させました。

     新法曹養成は、法学未修者に力点が置かれ、これまでよりも、そうした志をもった社会人を含めた人材が資格を採れる制度と、増員政策とあいまって、これまでよりも「法曹になれる」という環境の登場を期待させました。もちろん、旧試に比べて司法試験の合格率は上がり、法曹になれる人材は拡大した。しかし、その分、旧試にはなかった、経済的な負担という参入規制は、前記増員政策の失敗による弁護士の経済環境の悪化での、リターンの期待を奪ったことで、残念ながら志をもった志望者にとって、良化を実感できるものとはならなかった。

     もちろん、日弁連・弁護士会は、一貫して、そうした志ある志望者に期待し、彼らのことを考えている、と強弁する人もいるはずです。しかし、今回の日弁連総会の宣言を見ても、日弁連ホームページでずっと貼られている、「活躍の場」アピールを見ても、それが現実的に間違っていないことだとしても、これらの業界の期待感が、前記「改革」が生んだ志を持った志望者たちへの答えとして、どこまで受けとめられるのかという気持ちになるのです。

     こういう生き方もある、という「可能性」の例示、こういう分野のニーズがあるから、人材の裾野を広げていく、というアピールに、もちろん意味がないわけではありませんが、「これから来る人はこういう条件で」ということだけが伝わり、当初強調されたような、市民に寄り添える環境とか、志望者側の志をできるだけ断念しなくていい制度づくりに、業界が取り組むという発想は、後方に押しやられている印象を持ちます。

     志望者は、いかに業界が期待を煽ろうとも、大方、状況を見抜き、本人にとって適正な選択をしているし、だからこその志望者減である、という人もいるもしれません。しかし、その一方で、「改革」をめぐる業界側の微妙な動きでも、志望者はやはり期待し、その都度反応する部分もあります(「Schulze BLOG」)。

     いまだに社会に根強く残っている、弁護士の良いイメージの「貯金」に頼り、「生きやすさ」「志望しやすさ」という点での「改革」のメリット・デメリットには、こだわらない、という業界が、本当に志望者の期待感につながるのか、そして、新たな被害者を生まないのか、という点は、いつになれば直視されるのでしょうか。


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    「ネガティブキャンペーン」の正当性をめぐる視点

     「改革」がもたらしている経済的環境を含めた弁護士の現実に関する発信に対して、相変わらず「ネガティブキャンペーン」という烙印を押す指摘が聞かれます。かなり以前にも書きましたが、もともと弁護士志望への敬遠傾向につながることを懸念する文脈で語られてきたものでした(「弁護士の『ネガティブキャンペーン』」)。

     しかし、以前はどちらかといえば、この指摘は、弁護士の魅力をもっと発信せよ、という発信自体のアンフェアさを問題視することに力点が置かれているようにとれました。ところが、最近は志望者減という、法曹界が現在抱える深刻な問題の主因は、この「ネガティブキャンペーン」である、ととれるような文脈で登場することが多くなったという印象を持ちます。

     そもそも明らかに弁護士の経済的価値の下落を生んだ「改革」の現実を伝えることが、事実に反する、あるいはアンフェアに誇張した「ネガティブキャンペーン」といえるものなのか、さらにはそれを発信する行為自体が「ネガティブキャンペーン」と称されるような、妥当性を欠いた不適切な行為なのか、について、突き詰めた議論がなされてきたわけではありません。

     弁護士増員政策の需要を見誤った失敗、法科大学院制度の成果や弁護士の現状に見合わない負担といったことを無視して、弁護士の一部やマスコミが「ネガティブ」に業界を描いていなければ、志望者減は今のようになっていないというのは、それだけでいかにも無理がある、と、片付ける人もいるとは思います。

     しかし、あえて付け加えれば、今の志望者減という状況に照らすと、この「ネガキャン」批判は、(知ってて言っているのか、知らないのか分かりませんが)前提的な認識に決定的な誤りがあるようにとれます。同批判論者は、必ずといって、この問題で、「食える食えない」論争を取り上げます。つまり、弁護士の一部やメディアがこぞって、弁護士は食えない、食えない資格になったと取り上げた、と。当然、そこには、トーンはさまざまながら、「本当はそんなことはない」「食えている弁護士も沢山いる」「工夫次第では今でも食えている」「今後、まだまだ食える余地がある」というニュアンスの反論がくっついています。

     ところが、志望者減につながっている資格の経済的価値の下落とは、おそらくそういうことではなく、少なくともそこに収まる話ではありません。以前も少し書きましたが、端的にいえば、問題は「食えるか食えないか」ではなく、以前のように「恵まれた資格かそうでないか」。つまり、資格そのものが、以前のように時間的経済的コストに見合うほど、「恵まれたもの」ではなくなっていること、そのものが問われている、という否定し難い現実があるです。

     そのレベルから考えると、前記列挙した「実は食える」、といった「ネガキャン」批判論の認識そのものが、効果を生まない空虚なものであり、そうしたレベルで語られる資格になったことそのものが、あるいは志望者にとって、当然の敬遠理由につながってもおかしくないことなのです。

     こういう言い方をすると、前記批判論の方々の中には、弁護士の職業的魅力からすれば(それがちゃんと伝われば)、ちゃんと「食える」というレベルでも志望する人は沢山いる、というニュアンスの認識を示される人もいます。これ自体、多分にこれまでの人気商売幻想(信仰)に寄りかかった発想ともいえなくありませんが、全面的に否定することもできないかもしれません。

     しかし、少なくとも将来的な進路について、いくつもの選択肢がある若い、優秀な志望者予備軍のなかには、やはり自分にふさわしい処遇や経済的な将来性を期待する人がいることは、批判論者の方々も分かっているはずです。法科大学院制度を中核とした新法曹養成の経済的時間的先行投資の重さの、志望者にとっての「価値」は、資格者後のリターンの問題を抜きには語れません。それは、社会人志望者を含めて、彼らにリスクの問題としてのしかかっています。ただ、そこをまるで「元が取れるかどうか」のような、最低ラインの話でするのは間違いです。先行投資をする、リスクをとるだけの、「恵まれた」結果が待っていなければ、やはり結果は変わらないのではないでしょうか。

     はなから「そんな人は来なくていい」という捉え方もあるかもしれませんし、現にそういうニュアンスにとれる発言も時々耳にします。ただ、もしそうだとするのであれば、今の志望者減をそこまで深刻にとらえず、より優秀な多くの人材に志望してもらいたいという方向も目指さず、現在のような経済的状況と彼らのいう魅力をフェアに伝え、この負担でもリスクでも、そしてリターンでも、それでも「魅力を感じる人」「チャレンジする人」を待っています、でいくしかないのではないでしょうか。

     数を増やして競争・淘汰させるとか、それが良質化や低額化を生むとか、はたまた法科大学院制度維持のために学生を確保したいなどという話は、もちろん一旦棚上げして、この制度とこの現実で、それでもこの世界を目指す人材で、法曹(界)がどうなるのか、を試してみるというのであれば。

     「もっともっと志望者から敬遠されなければ、『改革』主導層は分からないのではないか」。こう語る「改革」反対・慎重論者がいます。その意味で、逆に批判者が言うような、「ネガティフキャンペーン」はもっとなされていい、という人もいます。その一方で、最近、志望者減の下げ止まりが見えてきたとか、弁護士の状況にも少しずつ明るい兆しが見えてきているというニュアンスの発言が聞かれます。

     しかし、志望者予備軍と社会にとって、本当に有り難くないのは、この「ネガティブキャンペーン」か、それとも「ネカティブキャンペーン」へのネカティブキャンペーンなのか、そこは今こそ、しっかりと見定める必要がありそうです。


    弁護士の競争による「淘汰」という考え方についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4800

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    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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