「普通の業者団体」という選択と欲求

     大きく括ってしまえば、日弁連・弁護士会には、弁護士法1条の弁護士の使命に由来する「人権擁護団体」という性格と、弁護士という資格者が加盟している「業者団体」という性格があります。しかし、現実的には、これまで圧倒的に前者の色彩が強い団体だったといえます。会主導層の意識も、ずっとそちらから会運営を捉えてきたととれました。

     しかし、弁護士会外の人間と話すと、このことが日弁連・弁護士会という存在への理解に微妙なズレを生んでいる、端的にいえば、とても分かりづらいものにさせてきた面があるように思えるのです。弁護士という存在が、人権のために「貢献」する存在ということは理解し、それがゆえに、そこに社会が無償の「貢献」を期待する面もありながら、会としてみた場合、しっかりとそこに「業者団体」としての性格を読み込んでいる――。

     つまりは、「普通の」業者団体のように、日弁連も弁護士会も、業界の利益を優先させているだろう、当然個々の会員の利益につながるような立場で活動しているだろう、と。高い会費をとった強制加入だと聞けば、だからこそ、多くの会員は納得しているのだろう、という理解の仕方を耳にすることもありました。

     「改革」に関していえば、それこそ弁護士増員をめぐっては、こうした典型的な理解の仕方のズレにしばしば出会うことになりました。日弁連・弁護士会は、業界の利益のため、要は個々の弁護士の生活のためだけに、競争を回避する目的で、一丸となって増員に反対し続けている。そこでは会員も一枚岩なのだ、という誤解です。「普通の」業者団体的な理解としては、むしろ当たり前であり、そのために日弁連・弁護士会がなんらかの政治力を駆使しているだろう、という理解も何の不思議もない。弁護士議員も政界にそういう役割をもって送り込んでいるのだろうと、という見方までありました。

     しかし、現実は大分違います。日弁連・弁護士会は、年間司法試験合格者3000人を目標とした増員政策を推進する方向を選択しています。それには経済的な意味での甘い皮算用があったとしても、その理由は必ずしも業界や個々の弁護士の利益から逆算された選択ではなかったし、また、その後慎重姿勢になりながらも依然、増員基調の方針が続き、積極的に弁護士過剰状態解消へ舵を切らないことにしても、同様です。そもそも、この一連の姿勢を、業界内の人間が、前記疑われる「業者団体」として業界の利益を追及したり、既得権益擁護のために活動してくれたものとは、誰も思っていないのではないでしょうか。

     これもある意味、不思議なことですが、この「改革」路線を日弁連・弁護士会が受け入れた時代、その後の弁護士の業務を含めたあり方や拡大、弁護士の将来像についての議論は会内でさんざんされながら、それはやはり今思えば「業者団体」的ではなかった、といえます。自治とそれを支える懲戒制度、人権擁護活動など弁護士会活動、法研究や制度提言という活動が取り上げられ、個々の会員の活動については、需要が生まれてくる未来が何度も語られてはいても、日弁連・弁護士会が会員のことをどう考えて、この「改革」路線を突き進もうとしているのか、という点では、誰も何の感触も持てなかったのではないか、とすら思うのです。

     そして、今を考えてしまえば、むしろこれからは積極的に、ある意味純粋に日弁連・弁護士会が「業者団体」化することを望む会員は確実に増えているようにみえます。「改革」が個々の弁護士に、より一サービス業化への自覚と、会費への負担感を膨らましたことを考えれば、それは当然の帰結といえます。逆に言えば、冒頭のような「人権擁護団体」に軸足を置いた会運営に一定の会内コンセンサスが得られてきたのも、結局、それを許してこれた会員の経済的環境が確保されていたということも否定できないところです(「『弁護士自治』会員不満への向き合い方」 「『左傾』とされた日弁連の本当の危機」)

      当フログのコメント欄にも、弁護士会を任意加入団体にして、自民党に政治献金をしよう、コストを政治力に回そうという意見が投稿されています。つまりは、冒頭の社会の目線通りの団体になれ、と。「業者団体」としての会員の不満は、いまや自治・強制加入撤廃への要求につながっているように見えます(もっとも純粋「業者団体」化すれば、自治の根拠そのものが揺らぐわけですが)。一方、未確認情報ながら会の主導層からは、個々の会員の現状が目に入らず、前記「改革」論議の時代と同様の、現状とズレた、会員の気持ちがさらに離反しそうな楽観論が聞こえてくるという話もあります(武本夕香子弁護士のブログ 「弁護士「貧富」への認識というテーマ」)

     ただ、一番の問題は、では、「改革」が生んだ現在の会員の状況を踏まえ、日弁連がより「普通の業者団体」化すれば、それだけで本当にこの社会にとって有り難いことになるのか、ということです。「これを選んだのも国民」と言う業界関係者がいますが、「改革」の結果からこうなったといわれても、社会にとって有り難くないのであれば、何のための「改革」だったのか、とは言わざるを得ません。

     「改革」の必然ではなく、結果的に何が失われようとしているのかから、やはり考えなければなりません。


    弁護士自治と弁護士会の強制加入制度の必要性についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4794

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    「給付制」と「社会還元」をめぐる日弁連の印象

     昨年12月に法務省が発表した、司法修習生「給費制」の事実上の復活といえる、いわゆる「給付制」に関連して、確認した制度方針が法務省のホームページに掲載されています(法務省「司法修習生に対する経済的支援について」)。その「主な確認事項」には、平成29度以降採用予定の司法修習生(修習71期以降)に対する給付制度新設、給付金額、貸与制の併存とともに、次のような一文が書かれています。

     「給付制度の導入に合わせ,司法修習の確実な履践を担保するとともに,司法修習を終えた者による修習の成果の社会還元を推進するための手当てを行う」

     問題は「修習の成果の社会還元」という点です。司法修習を終え、法曹になれば、当然、そのそれぞれの職責を全うするなかで、「成果の社会還元」は行われていくと考えられそうなところ、なぜ、ことさらにその推進がここで確認されているのか――。「給費制」廃止をめぐる議論を知っている人は、おそらく一つのことにしか、結び付けないと思います。ここで言われている「司法修習を終えた者」とは弁護士を指し、民間業者である彼らの「職業訓練」となる「修習」は本来、自弁でよく、公費の支出について、当然には社会的な了解が得られないという論調。

     すなわち、給付制を採用するのであれば、「社会還元」は条件として彼らに突き付けて当然、という捉え方につながっているようにとれます。その前提は、民間にある弁護士は裁判官、検察官とは異なるという、私益性の強調です。いわゆる弁護士会活動を含めた、「公益的」といわれる活動以外の、対価を伴う通常の個別事件への対応は、公費の支出にふさわしい「修習の成果の社会還元」にカウントしていないようにとれてしまいます。少なくとも、それだけではだめとして、それ以外の活動を、まさに条件化しているととれるのです(「『給費制』復活と『通用しない』論」)。

     法務省の発表によれば、新制度の円滑な運営については、法曹三者が合意しており、当然、この「社会還元」の確認事項も、日弁連が受け入れたとれる形なっていました。そして、そのことを裏付けるある文書が、最近、ネット界隈の弁護士間で話題になっています。中本和洋・日弁連会長名で、全国の弁護士会会長あてに出されたとされる、10月17日付けの「司法修習第71期以降の会員に対する社会還元活動を推進するための手当て(取組)について(要請)」という書面です。

     その書面では、修習71期生以降について、修習成果の社会還元を推進する手当ては日弁連として「行うことになっております」としたうえで、同期以降の新規会員に対し、社会還元活動の意義・重要性やこれまでの実績を伝えるなど同活動を「積極的に行うよう要請してください」として、経験の浅い弁護士でも適切に同活動ができるための十分な研修実施や、会内外への周知・広報を弁護士会会長に求めています。

     さらに、この書面には、社会還元活動として、経済的社会的弱者への法的支援、人権擁護活動、司法過疎地域への法的サービス、法教育、コンプライアンス促進をはじめとする企業・団体への法的支援、児童相談所等地方公共団体等との連携を通じた諸活動、国選弁護、当番弁護、法律扶助等弁護士・弁護士会がこれまで取り組んできた弁護士の社会的使命に基づいて行われる諸活動などが列挙されています。

     ネット上に流出しているものの細部までが一致しているかの確認が出きていないものの、日弁連によれば、こうした要請が発出された事実はある、としています。

     社会還元活動という括り方を前提にしてしまえば、特別に異論を挟む余地はない、ととらえる見方もありそうですが、この内容にはやはり引っかかる点があります。日弁連が今、ことさら修習71期生以降について、これを要請することの意味をどうとらえるべきか、という点です。当然、これは給付制の復活に際した「手当」と位置付けられそうですが、列挙されている活動は、そもそもかつて「給費制」がとられるなかで、「社会還元活動」などと括られるまでもなく、弁護士が使命として取り組んできた活動です。

     71期生以降について、「改革」のもたらした経済的な影響もあって(要は活動する余裕がなく)、こうした活動が特におざなりになる危険がある、という見方を提示するのならまだしも、「修習の成果」として、ここを強調せねばならない、というのであれば、前記した「給付制」条件化論、あるいは「給費性」廃止論議でいわれた、「通用しない論」に、あまりに丸のりしている感じがしてしまいます。

     そもそも、法教育や人権擁護活動といった、それこそ弁護士・会がこれまで取り組んできた活動を、まるで見返りのように、国費投入を一部復活してもらったことと結び付けられる形で、今、日弁連自身が取り上げるべきなのでしょうか。弁護士がもっと事業者性を抑制し、公益性を追求しなければならない、という結果的に無理が明らかになったはずの、「改革」の中で描かれた論調(「弁護士の使命と事業者性をめぐる現実的視点」)の先に、やはり条件化されても仕方がない、公費投入にふさわしい弁護士の姿がある、といっているようにもとれてしまいます。弁護士は社会インフラである、とする、必要性を強調する弁護士会のトーンとも、大分違う印象です。

     弁護士会活動をはじめ列記されたような活動を実践するなかでも、そして、個々の依頼者に向い、対価を伴うなかで、公正な司法を実現する一翼を担うのであっても、本来的に弁護士は国に養成されるにふさわしい、という立場をとらない、あるいは、そこにこだわらないということでいいのでしょうか。

     やはり、「改革」によって、おざなりにされた「給費制」の本来的意義をめぐる議論が、日弁連自らの手で、どんどん後方に押しやられているようにみえます。


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    弁護士ポータルをめぐる認識とリスク

     ネット上で見る、弁護士のいわゆるポータルサイトについて、坂野真一弁護士が最近、自身のブログで、注意を促しています。

     「例えば、あるポータルサイトが○○に強い弁護士を掲載していますとか、○○に強い弁護士を厳選しましたと記載していたとしても、それはまず、正確な表示ではない」
     「サイト運営者が、弁護士に離婚に関する解決事案を提出させて審査するわけでもないし、そもそも弁護士の真の実力は実際に戦ってみないとなかなか分からないからだ。つまり、現実問題として、○○に強い弁護士かどうかは、サイト運営者には判断できないわけで、○○に強い弁護士かどうかは、実際に依頼してみないと分からないのだ」
     「だから、(有料掲載の)ポータルサイトにおける、『○○に強い弁護士』との表記は、正確には『○○に強い弁護士を掲載するサイトにお金を払って、情報を掲載している弁護士』ということであり、いわば、『自称○○に強い弁護士』というに過ぎない」

     弁護士業界の関係者であれば、いうまでもないことかもしれませんが、現実問題として、利用者にはこれまでもいろいろな機会に、まさにこの点で忠告しなければならないときがありました。なぜならば、弁護士を探している市民は、弁護士自身が考えている以上に、あくまでこの「自己申告情報」を鵜呑みにしたり、期待したり、あるいは過度に弁護士選びの参考にしたりする傾向があったからです。

     ただ、それ以上に危いと感じたのは、実はこのサイトを運営する側の、弁護士という仕事に対する理解度、さらにいえば、そうした業者の発想に対する弁護士側の姿勢の問題でした。

     弁護士ポータルサイトの構築をめぐっては、これまでもしばしば、そうした業界関係者から、企画について意見や協力を求められてきましたが、常に感じてきたことは弁護士という仕事の性格に対する理解度の低さ。もっといってしまえば、あくまで弁護士の仕事の特殊性を考慮しない、あるいはできない彼らの基本的な発想でした。そこにこそ、ポータルサイトという手段がつなぐ関係の危さがあるととれました。

     例えば、弁護士利用者は、確かに「○○に強い弁護士」を求めている、として、それを彼らは「ニーズ」と設定し、とにかくそれを情報として掲載することを着地点として、企画を進めます。坂野弁護士も指摘していますが、「強い」ということは、事前に客観的に示すデータがないのはもちろん、得られてもその情報のほとんどは、単に自己申告情報でしかありませんし、口コミも少なくとも個別案件に対応できる情報にはなりにくい。しかし、そこを仮にあいまいのまま伝えることになっても、こうした切り口の情報に人が集まることを彼らは重視します。彼らはそこに何の問題性を感じていないことに気付かされます。広告として許されるのだ、他では当たり前にやっていることだ、と。

     彼らが悪いというよりも、むしろそれが当たり前の世界であることの方に、こだわるべきなのかもしれません。あくまで責任があるとすれば、それはその情報を判断して、最終的に選択する利用者側にあるのだから、という発想なのです。しかし結局、理解度の問題は、ここにあると思います。弁護士という仕事について、他の物品やサービスのように、一定の情報から利用者が的確に選択できるということを安易に見積もり、かつ、それが失敗した場合のリスクが他の対象に比べて大きいという事実を、特別に踏まえない。他の物品やサービスと並べ、同様に通用するという大前提が、この利用者にとって、危い企画を成り立たせている現実です。

     一方で、弁護士自身がそうした彼らの「当たり前の世界」について、どこまで理解しているのかと思う場面もあります。坂野弁護士は、前記ブログで弁護士ポータルサイトが花盛りであるのは、弁護士がサイト運営会社のターゲットとして美味しい鴨にされているから、としています。事件の激減と弁護士激増で、一部の弁護士を除きも、弁護士が仕事を探すのに苦労するという時代が到来。そこに弁護士情報を掲載して、仕事につなげる可能性を高める見返りに、弁護士から掲載料を取るというビジネスか成り立つ。サイト運営者の決めた金額を払うという「基準」を満たせば、「強い弁護士」としてネットに登場できる、という関係――。

     もはや弁護士の仕事が彼らに理解されていないというよりも、彼らの理解や常識のうえで、むしろ積極的にかかわる弁護士が登場する時代になりつつあるようにもみえます(「『改革』の先に登場した『アディーレ』」)。それは広告の実害が生じたとしても、業者と弁護士が口を揃えて弁明する時代といえるかもしれません。

     薬の広告でも、その表現として「絶対に治る」はだめでも、「よく効く」は許される、という線引きがあり、それを私たちは知っています。自己申告の情報であるということを断わっていれば、一般の広告同様、社会がその「価値」を当たり前のように差し引くようになり、「強い弁護士」という表現でのポータルサイトにしても、いわば見る側のリテラシーによって実害は排除されていく、ということもまた、やはりいわれるかもしれません。

     しかし、弁護士の競争・淘汰が「健全に」成り立つという見方が、それを支える選択する側の困難さについて、弁護士業の現実を度外視し、安易に見積もりがちであるのと同様、こうした広告がある程度「健全に」成り立つという前提も軽く見積もられていないのか――。もはや業者のみならず、広告に当たり前に依存し始めた弁護士たち自身にも、そう投げかける必要がある時代が到来しているように思えます。


    今、必要とされる弁護士についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4806

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    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

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